広陵の中村捕手が甲子園に史上最多6本のアーチをかけて、一躍、主役にのし上がった。早実の清宮という今年一番の巨星を欠いた大会で、あのPL学園の清原を超えるヒーローが誕生する。まさに「筋書きのないドラマ」といわれる高校野球の真骨頂だった。

 甲子園のドラマは今夏も健在だった。12回表に神村学園に3点を奪われた明豊は同裏、4点を返して史上最大の逆転劇を演じた。春の覇者、大阪桐蔭は1点リードして迎えた9回裏、仙台育英の最後の打者を打ち取ったはずが、一塁手がベースを踏み外し、その直後に逆転負けした。

 踏ん張りどころで心を乱す。それは等身大の高校生の姿でもある。だからプロ野球ではめったに見られない野球の本当の面白さが味わえる。一方で見ている方はハラハラしながらも、つい10代の自分と重ねて感情移入してしまう。「筋書きのないドラマ」とは、人生そのものでもあるから人を引きつける。

 80年代に甲子園を取材した。スタンドを埋めた人々は職業や地位、年齢も超越して、同郷というだけで肩を組んで応援していた。そこは忘れかけていた郷土意識を呼び覚ます場所でもあった。九州から上京して30余年の私もこの時期だけは自分のルーツがよみがえり、郷土の高校の応援に熱が入る。日本人にとって夏の甲子園とは、年に1度、郷土の心が集う夏祭りでもあるのだ。

 夏に開催される意味も大きい。学生は夏休み、社会人もお盆休みがあり、テレビでじっくり観戦できるため、多くの人に真夏の記憶として心に刻み込まれる。80年は荒木大輔、85年はKKコンビの全国制覇。98年は松坂大輔……その風景は日本人にとって夏の共同史でもある。

 夏の大会は来年で100回を迎える。グラウンドの外では大人たちの商魂も見え隠れして、精神主義、野球留学などの批判もある。ただ一つ言えることは、少なくとも甲子園で高校野球が開催されている限りは戦争もないということだ。甲子園の夏祭りはつまり、平和の証しでもあるのだ。【首藤正徳】