柔道界にニューヒーローが誕生した。5日に行われたグランドスラム東京の男子66キロ級、兵庫・神港学園高2年の阿部一二三(17)が、準決勝で世界選手権3連覇中の「絶対王者」海老沼匡(24=パーク24)を破って優勝。20年東京五輪どころか、16年リオデジャネイロ五輪の金メダル候補として名乗りをあげた。

 中学、高校でタイトルを総なめにし、8月のユース五輪も優勝。シニアの国際大会初挑戦で「自分の力がどこまで通じるか」と話していたが、優勝してしまった。日本男子代表の井上康生監督(38)も「すごい。よく勝った」と舌を巻く活躍ぶり。「優勝の実感はわかないけれど、海老沼さんに勝てたのがうれしい」と新星は笑顔をみせた。

 順調すぎる急成長だが、不安もある。精神面だ。優勝後、報道陣から取材攻勢を受けた阿部を待ち受けたのは井上監督だった。祝福の言葉の後にかけられたのは「明日からは普通にしろでした」と阿部。優勝で気持ちが不安定になることを心配した監督から、くぎを刺されたのだ。

 17歳。まだ高校2年生なのだ。多くの経験を積んだ大人ならまだしも、シニアのデビュー大会で頂点に立って平常心でいること自体が難しい。鼻も高くなるだろう。井上監督は「力はあるけれど、まだやんちゃですから」と阿部を評した。精神面をコントロールすることも、大切になる。

 阿部自身、優勝できたきっかけに10月の世界ジュニアをあげた。個人戦の決勝で大きくリードしながら逆転負け。銀メダルに終わった。前年には世界カデで同じく準優勝。両大会で日本代表の監督を務めた日本代表の賀持道明コーチ(44)は、高い鼻を折られた阿部にあえて厳しい言葉をかけたという。「これが五輪だったらどうするんだ」と。「なぐさめられるのではなく、厳しく言われたのが良かった」と阿部。精神面の成長が、海老沼戦の勝利にもつながったのだろう。

 競技力の成長と同じように精神面が成長すれば何の問題もない。しかし、ほとんどの場合はどちらかが先になる。北島康介を育てた競泳日本代表の平井伯昌監督(51)は「競技力の伸びに精神面が追いつかない場合は悲劇。難しい状況になるんです」と話した。若年層で一気に記録が伸びる競泳ならではだが、他の競技でも同じことがいえる。

 6年後に東京五輪が決まったことで、若い選手に注目が集まる。これまで「次の次の五輪候補」だった選手が「東京五輪候補」として取り上げられる。今から「候補」として6年間にわたって注目され続けることの重圧は相当なもの。選手の精神面が心配にもなる。もちろん、新聞やテレビなどメディアの「先物買い」にも反省すべき点はあるが。

 失うもののない17歳が、勢いにまかせて世界王者を破った。阿部の実力は誰もが認めるが、百戦錬磨の海老沼もこのまま引き下がるわけがない。来年の選抜体重別でも、再び激しい戦いが繰り広げられるに違いないし、まだまだ世界王者の壁は高いはずだ。「やんちゃ」な阿部が周囲のサポートを受けてどこまで成長するか。東京五輪、いやリオデジャネイロ五輪に向けて楽しみが増えた。