6月下旬、40個の帽子が沖縄の病院に届けられた。水色カラーにMマーク。ロッテの帽子には「鳥谷敬 00」の直筆サインが1つ1つ、丁寧に記されていた。

ロッテ鳥谷から沖縄県立南部医療センター・こども医療センターに届けられたサイン帽子(一般社団法人レッドバード提供)
ロッテ鳥谷から沖縄県立南部医療センター・こども医療センターに届けられたサイン帽子(一般社団法人レッドバード提供)

今春、毎年恒例だった病院訪問を泣く泣く断念した。阪神在籍時は1月の沖縄自主トレ中か2月の沖縄キャンプスタート直後、練習の合間を縫って、沖縄・南風原町の沖縄県立南部医療センター・こども医療センターを必ず訪問していた。今年も訪れる予定だったのだが、今回ばかりはどうしようもなかった。

プロ野球のキャンプ期間となった2月はまだ無所属だった。ただ、移籍先が決まらなかったから訪問しなかった訳ではない。

早大時代の同期で、鳥谷が理事を務める一般社団法人「レッドバード」の代表理事を任されている広島比嘉寿光編成課長によれば、本人は無所属の状況でも「行きたい」と願っていたという。

ロッテ鳥谷は自身が理事を務める一般社団法人「レッドバード」を通して、沖縄県立南部医療センター・こども医療センターにサイン帽子を届けた(レッドバード提供)
ロッテ鳥谷は自身が理事を務める一般社団法人「レッドバード」を通して、沖縄県立南部医療センター・こども医療センターにサイン帽子を届けた(レッドバード提供)

「ただ、2月に入って新型コロナウイルスの感染が拡大していく中で、病院を訪問することがどうしても難しくなってしまったんです」

比嘉編成課長は残念そうに振り返る。それでも代案を練り続けた結果、ロッテ球団の協力もあって、子供たちへのサイン帽子の贈呈が実現したそうだ。

昨年2月で11回目の訪問。鳥谷は毎年、子供たちと触れ合う時間を大切にしてきた。「元気を与えるどころか、本当にいつも子供たちから元気をもらっているので」。病棟を回り、交流会に参加し、いつも笑顔で病院を後にしていた。今年の訪問断念はさぞかし無念だったことだろう。

毎年、病気と闘う子供たちに向けて最後に送る言葉がある。

「みんな元気になってください。元気になって球場に来てください」

直接伝えられなかった思いは今回、水色の帽子に込めた。

満面の笑みで帽子をかぶる子供たちの写真を眺めれば、またエネルギーが湧いてくる。

いつか球場に来てくれた時、グラウンドに立っていられるように。39歳のチャレンジは続く。【遊軍=佐井陽介】

ロッテ鳥谷は自身が理事を務める一般社団法人「レッドバード」を通じて、沖縄県立南部医療センター・こども医療センターにサイン帽子を届けた(レッドバード提供)
ロッテ鳥谷は自身が理事を務める一般社団法人「レッドバード」を通じて、沖縄県立南部医療センター・こども医療センターにサイン帽子を届けた(レッドバード提供)