<楽天VS.巨人>◇13年11月3日◇日本S第7戦

8回終了で記者席を立ち、一服しようと何げなく窓の外を見た俺は…眼下の絶景に固まった。

東北楽天ゴールデンイーグルスの主戦場は、宮城球場をリノベーションしてつくられた。運動公園の中にあり、今あるものをどかして横に広げることは簡単ではない。縦に縦に積んでいく工法が、観戦に好適とされる深いすり鉢型を生んだ。緩やかなアーチの頂点に5階の喫煙所はあり、そこで目、いや心を奪われた。

13年11月、楽天-巨人の日本シリーズ第7戦でKスタに隣接する陸上競技場でのPVで盛り上がる大勢のファン
13年11月、楽天-巨人の日本シリーズ第7戦でKスタに隣接する陸上競技場でのPVで盛り上がる大勢のファン

2013年(平25)11月3日、日本選手権第7戦。巨人を3点リードした楽天が、初めて頂上に手をかけようとしていた。球場に入りきらない人波が、同じ公園の敷地内にある陸上競技場まであふれた。トラックの向こう、アンツーカーの向正面までひしめいて、霧雨と闇に溶けて終点は見えなかった。信じられないモノを目にした人間が硬直する。漫画でよく見るアレは、誇張でも何でもないのだと初めて知った。

グラウンド側に目をやった。「ピッチャー田中」のコールと同時にアドレナリンを放出しようと構え、じっと静まり返っていた。たった壁1枚を挟み、外は全く違った。仙台駅の東口から下り坂を使って、人が加速しながら押し寄せているように見えた。静と動の表裏一体。臨界点のエネルギー。小学生の頃、黒部ダムが描くアーチの頂点に立った時に似た、心臓をつかまれたままのみ込まれる感覚になった。

われに返って口元にもってきたメビウスは、すっかり短くなっていた。

楽天が仙台に来た05年、プロ野球の記者になった。出会った人たちは、負けても負けても、ただイーグルスを応援していた。10年からは番記者としてお世話になり、生活の中にあるプロ野球を肌で感じた。全く勝てない2年間も、何も変わらなかった。

球界再編問題のうねりは、東北に野球がある日常をもたらした。分配ドラフトから外れたメンバーが主。素朴と謙虚を備え、ヒーローの当事者意識はなく、東日本大震災の前に無力な自分たちを責めた。市井の受け止めはまるで違った。当たり前の尊さを、一生懸命に表現してくれるイーグルスへの「ありがとう」。いてもたってもいられなくなり、入れないと分かっている球場に足を向かわせた。

田中が投球練習を始めると、静と動の境目がなくなった。最後の紫煙を深く吸い込んだ。さぁ仕事だ。感傷に浸るな…無理だな。記者席では先輩が、電話の向こうと激しい声で打ち合わせをしていた。俺は制すように、自分でも驚くほど強く言った。「いいでしょ、そんなの。楽天が日本一になるんです。しっかり見ましょうよ」。単なるカタルシスでは語れない圧倒的な情と熱がそこにはあった。(この項おわり)

【宮下敬至】