激動の大リーグ1年目を終えた藤浪晋太郎投手(29)に7カ月間、密着し続けた男がいた。
関西テレビの服部優陽(ゆうひ)アナウンサー(30)はなぜ休職してまで太平洋を渡ったのか。間近で見続けた“戦友”だけが知る藤浪メジャー挑戦の舞台裏に5回連載で迫った。
23年晩夏、謎の日本人がひそかに米国の野球ファンから注目を浴びていた。
土産感丸出しの富士山帽をかぶり、派手なアクションで観客をあおる。右半分がオリオールズ、左半分がアスレチックスの奇妙なユニホームに身を包んだ男。オ軍の藤浪晋太郎が登板する度、テレビ局の実況アナウンサーはカメラに抜かれた彼の名を叫んだ。
「ユウヒ-ッ、ハットーリィーッ!」
地元記者でさえ「フジは彼について『友人だ』としか語らないんだ」と困惑気味。熱狂的ファンと認知され、球場で記念撮影を求められた写真の枚数は優に100を超える。地元紙「ザ ボルティモア バナー」でも特集された男が実はエリートアナウンサーだと知れば皆、驚くことだろう。
「シーズン終盤は帽子をかぶっていないだけで、お客さんから『なんでだ!』と怒られて…。最後は晋太郎が投げようが投げまいが富士山帽をかぶっている、ただの変なヤツでした」
2カ月前の“非現実”を思い返し、服部優陽アナウンサーは照れ笑いした。
服部は今年3月下旬、太平洋を渡った。関西テレビ入社8年目を迎えた4月から約7カ月間の休職を選んだ。競馬やプロ野球の実況アナとして脂が乗り始めたタイミング。華やかなキャリアを小休止してまで追いかけたい人がいた。
2年ほど前、阪神で実力を発揮しきれずにいた1学年下の藤浪からメジャーへの思いを明かされた。親交が深かった大器の熱意に心を揺さぶられ、即座に英会話の猛勉強を開始した。
「彼の場合、阪神にいればたとえ2軍にいても記事で動向は追える。『今はこんな気持ちなのか』と胸の内を知ることもできる。でもメジャーではそうはいかない。やっぱりリアルタイムで何を考えているのか知りたいし、近くで見てみたいと思ったんです」
藤浪は23年1月、ポスティングシステムを使用してアスレチックスに移籍した。「自分も行きたいけど、会社に迷惑がかかる。さすがにリスキーだよな…」。葛藤の末、最後に背中を押したのは“伝え手”としての純粋な欲求だった。
「これだけ魅力的な選手が記録に残らないのは残念。藤浪を知りたい人たちのために動けるのであれば、こんなにうれしいことはないという感覚でした」
円安ドル高が続く昨今。現実は想像以上に厳しかった。藤浪が居を構えたオークランドの近郊でホームステイ。どれだけ切り詰めた生活を続けても、休職中の財布の中身は減り続けた。
「渡米2カ月目でもう貯金が消えてしまって『これはヤバい』と。晋太郎は『足りなくなったら返ってこないと思って貸すよ』と言ってくれたけど、さすがにお願いできないじゃないですか。考え抜いた末、ドル建ての生命保険をかけていたことを思い出して『これだわ』と解約させていただきました(笑い)」
後悔はなかった。ちょうどその頃、服部は藤浪から思いも寄らない言葉を聞かされていた。【佐井陽介】(つづく)
◆服部優陽(はっとり・ゆうひ)1993年(平5)8月25日生まれ、埼玉・さいたま市出身。早大時代に東京ドームでボールボーイを経験したことでスポーツアナウンサーを志し、16年4月に関西テレビ入社。スポーツキャスターとして活躍し、17年に第33回FNSアナウンス大賞で新人奨励賞、22年には第38回同大賞でスポーツ実況部門を最年少受賞。23年4月1日から休職して渡米し、同年11月より復職。168センチ。