激動の大リーグ1年目を終えた藤浪晋太郎投手(29)に7カ月間、密着し続けた男がいた。関西テレビの服部優陽(ゆうひ)アナウンサー(30)はなぜ休職してまで太平洋を渡ったのか。間近で見続けた“戦友”だけが知る藤浪メジャー挑戦の舞台裏に5回連載で迫った。

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「Xデー」の1週間ほど前、チームFUJIは球宴ブレークを利用して夏休みを満喫していた。遠征先のボストンからアスレチックス本拠地のオークランドに戻った後、3日間をかけてタホ湖、ヨセミテ国立公園を大移動。同行した服部アナウンサーは「あの旅行は本当に楽しかった」と満面の笑みで振り返る。

3日間で計14時間半、1100キロ超のロングドライブ。運転好きの藤浪晋太郎がハンドルを握り続け、服部は「僕、6時間ぐらいは車で寝てましたね」と苦笑いだ。野生の熊に遭遇し、イントロクイズを車中で楽しみ、最後はささやかな額でカジノも初体験。服部は中でもタホ湖の砂浜で開催した即席野球大会が忘れられないという。

近所のスーパーでプラスチックバットとボールを購入。服部は鎌田一生通訳兼パーソナルトレーナーと組み、藤浪、木下喜雄マッサージセラピストと対決した。「晋太郎からチェンジアップで空振りを取って、ホームランも打ったんですけどね。結局、僕たちが負けて土下座ですよ(笑い)」。ただ、4人が余韻に浸っていられる期間はたった数日間だけだった。

7月19日、午後4時9分。藤浪からのLINEに目を通した瞬間、服部の頭は真っ白になった。

「ボルティモアにトレードになりました」

午後3時30分にアスレチックス本拠地でレッドソックス戦の観戦を終了。藤浪たちと日本式焼き鳥屋で合流するため、電車に乗り込もうというタイミングだった。

「東海岸…真逆やん」

「引っ越しどうしよう」

合流場所は藤浪宅に変更された。移動中、今度は電撃トレードの速報が流れた日本からのLINE通知が止まらなくなった。ホームステイ先の家族に説明したくても思考は停止状態。翻訳サイトも駆使して文章を作りながら、ボルティモアの治安や家賃相場を調べた。午後6時過ぎにようやく藤浪と合流。「こんなに早く決まるとは…激動すぎやろ」と言いつつ冷静な藤浪の笑顔を見て、服部はようやく落ち着きを取り戻した。

藤浪はレッドソックス戦後、監督室に呼ばれてコッツェー監督からトレードを告げられた。その場でGM補佐も交えてウイスキーで乾杯したという。ア・リーグ最低勝率球団から最高勝率球団へ。誰の目から見ても栄転だった。チームFUJIはコッツェー監督から以前に初勝利祝いで贈られたシャンパンを開けた。

「ここまでは本当にできすぎだと思う。阪神で1、2軍を行ったり来たりしていた自分みたいな半端もんが、環境を変えたからといってトレードしてもらえる成績を残せるのかって最初は正直、思っていた」

右腕の思いに耳を傾けていた頃にはもう、服部は感無量の喜びに浸っていた。

「優勝を狙えるチームに行くけど、そこは自分が支配できることではない。大きく考え過ぎず、ストライクゾーンに強い球を投げるという最小単位まで考えを絞ってやっていきたい」

地に足をつけた藤浪の決意を聞くまでもなく、服部はすでにバックパッカーと化す覚悟を固めていた。【佐井陽介】(つづく)

◆服部優陽(はっとり・ゆうひ)1993年(平5)8月25日生まれ、埼玉・さいたま市出身。早大時代に東京ドームでボールボーイを経験したことでスポーツアナウンサーを志し、16年4月に関西テレビ入社。スポーツキャスターとして活躍し、17年に第33回FNSアナウンス大賞で新人奨励賞、22年には第38回同大賞でスポーツ実況部門を最年少受賞。23年4月1日から休職して渡米し、同年11月より復職。168センチ。

7月、タホ湖を訪れた、左から関西テレビ服部アナウンサー、藤浪、鎌田一生通訳兼パーソナルトレーナー、木下喜雄マッサージセラピスト(服部アナ提供)
7月、タホ湖を訪れた、左から関西テレビ服部アナウンサー、藤浪、鎌田一生通訳兼パーソナルトレーナー、木下喜雄マッサージセラピスト(服部アナ提供)
7月、タホ湖の浜辺で即席野球大会に興じる関西テレビ服部アナウンサー(手前)と藤浪(服部アナ提供)
7月、タホ湖の浜辺で即席野球大会に興じる関西テレビ服部アナウンサー(手前)と藤浪(服部アナ提供)