平成、令和と元号をまたいだ2019年。ロッテドラフト1位の大船渡・佐々木朗希投手(18)は高校野球界にとどまらず、日本球界の話題の中心にいた。国内高校生史上最速の163キロ右腕をめぐる「佐々木朗希フィーバー」を、これまで報道されていない新事実を交えながら、全3回でお届けする。

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4月6日の「163キロ」を境に、佐々木を取り巻く環境は変わった。報道各社には、大船渡から取材規制依頼が発表された。一方で、特定の試合での取材は認められた。

163キロは、MLBスカウト陣にも刺激的だったようだ。4月6日の高校日本代表候補合宿では2球団。それが、4月20日の仙台育英戦では一挙10球団。驚異的ファストボールを投げる17歳が目的なのは間違いない。この登板のためにわざわざ来日したスカウトもいたようだ。

4月時点で佐々木はすでに高校卒業後の進路を「国内プロ1本」を明言していた。ただ、MLB球団には「念には念を」の考えもあったのだろう。仙台育英戦を前に、複数のMLB関係者からなぜか私に電話が入った。彼らは、国内プロ1本を明言した際の「空気感」を知りたかったようだ。

日本の高校生にとって「直接MLB行き」は現状、気軽な選択肢ではない。MLBで海外若手選手が自由獲得されるためには、5月中旬までに申請が必要だ。日本の高校生の場合、身分照会の1つに野球部退部届も必要になる。20年シーズン当初から佐々木が米国でプレーするには、おそらくこの仙台育英戦が能力評価と意思確認のリミットだった。

その意思確認なのか。慌ただしい試合前に、割とラフな格好をしたMLB関係者が数人、大船渡・国保陽平監督(32)へ歩み寄り、次々と名刺を渡していた。MLB30球団のうち、日本に契約スカウトが常駐するのは10球団未満。彼ら常連の姿はあまりなく、佐々木初見のスカウトが多かったのも「163」の衝撃度を物語っていた。

多くのカメラとスカウト陣のスピードガンが向けられる中、試合は始まった。ただ、MLBスカウト陣は割と早めにスピードガンをしまった。佐々木は変化球主体だった。ようやく力を入れた直球が150キロ。これでも十分すごい数字なのだが、肩をすぼめ首をかしげるスカウトもいた。4回途中で佐々木が降板すると、彼らは一斉に帰って行った。それが現状の佐々木への「答え」だったのだろう。一部MLB関係者がネット裏に勝手に並べたイスはそのまま残され、試合は続けられた。

この試合を境に、MLBスカウト陣の姿は佐々木の前からほとんど消えた。「5月中旬」のリミットを過ぎた時点で、彼らにとって佐々木はすでに視察対象外なのだろう。夏が近づいても、律義にジャケットを持ち歩くNPBスカウト陣と対照的で、ビジネスライクだなと感じた。

しかし。すっかり忘れていたMLBスカウト陣が、夏の岩手大会終盤戦に再び姿を見せて驚いた。名門ヤンキースのスカウトもいた。佐々木の投球を最後までチェックし「ハヤカッタ」とだけ日本語で口にし、足早に球場を後にした。やがて来るかもしれない「その時」に備え、すでに動きは始まっているのかもしれない。【金子真仁】(つづく)