尼崎工の近藤翔馬主将(3年)
尼崎工の近藤翔馬主将(3年)

半年前、猛烈な連続ノックを耐えナインから胴上げされた選手がいた。尼崎工(兵庫)の近藤翔馬主将(3年)。19年11月23日、日本高野連が若手指導者育成を目的に開催している「甲子園塾」の塾長である星稜(石川)山下智茂名誉監督(75)から、名物マシンガンノックを浴びせられた。休む間もなく左右に飛び込み、50本終えると、サプライズでナインから胴上げされた。「ノックのペースがすごくて。食らいつくだけでした。でも、みんなが声をかけてくれて」。1球ごとにチームが1つになる瞬間を感じたという。

マシンガンノックを耐えきった尼崎工・近藤主将はナインから胴上げされる
マシンガンノックを耐えきった尼崎工・近藤主将はナインから胴上げされる

6月6日、尼崎工を訪ねた。近藤主将は6キロ体重が増え、体が大きくなっていた。「コロナ太りじゃないですよ。しっかり食べて目標の72キロにしました」。5番打者として、打撃に力強さを増すための重量アップだった。2日からチームを2組に分け、1日置きに練習を再開。この日は2カ月ぶりにユニホームを着て、ボールを使った練習となった。シート打撃では、力強い打球で2打数2安打と、さっそくパワーアップしたところを見せた。

甲子園塾のモデル校となった。山下塾長、講師として参加した履正社(大阪)の岡田龍生監督(59)らから「時間をムダにしない」「自分たちのグラウンドはきちんとしなさい」と教えられた。「キビキビやろうと、チーム全体が変わりました」と感謝する。主将として朝練習などでは近藤が一番先にグラウンドに出るようにもなった。若手指導者だけでなく、尼崎工の選手たちも成長した。だからこそ、この夏はどこまで自分たちができるか挑戦したかった。5月20日の全国高校野球選手権大会中止決定から数日間は、練習できないほどショックだった。

弟の拓海投手(1年)は、この春から履正社に入学した。活動期間停止中は練習相手だった。「(中止決定後に)キャッチボールをして、『ナイスボール! 』の一言に、頑張って! という気持ちは込めましたけど」と照れながら、短い言葉で弟へ思いを託した。

野球は高校で引退し、卒業後は就職するつもりだ。だが、新型コロナウイルスの影響で、求人が例年の3分の1ほどに減っているという。舟越明斗監督(44)は「例年なら工業高校の生徒は金の卵と呼ばれるが、今年は採用の見通しが立たないところも多い」と苦しい状況を教えてくれた。

兵庫県高野連は4日に独自大会の開催を決めた。近藤主将は「ほかの部活の友達は最後の公式戦もなく引退した。野球をするために福岡へ進学した友達は、今のところ代替大会もない。だから最後の1カ月、全力で野球をやりたいんです。暗くなっていても仕方がない」と最後の舞台があることを感謝する。7月18日開幕の独自大会で完全燃焼することが、あの日熱血ノックを打ってくれた山下塾長への何よりの恩返しとなる。【石橋隆雄】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

尼崎工の近藤翔馬主将(3年)はシート打撃で右中間へ二塁打を放つ
尼崎工の近藤翔馬主将(3年)はシート打撃で右中間へ二塁打を放つ