指揮官・矢野燿大は“幻影”を見ていたのかもしれない。19年1月に大腸がんが判明した原口文仁が5カ月間の闘病、リハビリを経て復帰したのは同年6月4日のロッテ戦(ZOZOマリン)だった。その試合、9回1死三塁で代打に出ると左翼フェンス直撃の適時二塁打を放ち、虎党、野球ファンに限らず多くの人々を感動させたものだ。

グッチこと原口は性格もよく、悪く言う人間がいない存在だ。この男が働けば流れは変わる-。想像だが矢野の胸中にはそんな思いが渦巻いていたのか。ロマンチストらしいし、実際、いい方向に出ていれば、みんな喜んだはず。

しかし甘くない。原口は今季ここまで無安打。1本のヒットも打っていない打者が5番で初スタメンというのは、申し訳ないが、やはりどうなのか。そもそも1軍昇格したのは4月26日と1カ月以上前。控えでの起用で練習量も落ちているだろうし、元々、代打や万一の捕手起用を含めた昇格のはず。好調ならスタメンもあるだろうがDHとはいえ、どうだったのか。

分岐点は1回だ。無死満塁で無得点。佐藤輝明があそこで打っておけば…とは思うが佐藤輝は今季ここまで満塁機はまだ2度。いずれも三振とはいえ「満塁でダメ」という感じでもない。前日までの2試合で5番を打ち、この日はスタメンから外れた糸井嘉男は今季、満塁で5打数4安打の8割だ。「あそこが糸井なら…」と思ってしまったのは事実。これこそ“たられば”ではあるが。

原口だけでなく小野寺暖、山本泰寛、長坂拳弥とスタメンに右打者が並んだ。データだけで言えばロメロは左打者の方により打たれている。試合前までこんな感じだった。

右打者 104打数22安打 打率2割1分2厘 

左打者 65打数18安打 打率2割7分7厘

この試合でも安打したのは近本光司、中野拓夢、糸原健斗とすべて左打者。矢野は「それは関係ない」と“左腕対策”は否定した。もちろん糸井の疲労などいろいろなことを考えての策なのだろうが…。

もったいない試合だ。終盤、佐藤輝の驚弾で1点差に迫った。札幌ドームとここだけが午後2時開始。開始時点で4球場はパ優勢だった。結果的にセは全敗となり、最下位には不利だ。ここで阪神だけ競り勝つ結果になっていれば-。やっぱり、もったいない。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

ロッテ対阪神 7回裏、交代を告げる阪神矢野監督(右)(撮影・菅敏)
ロッテ対阪神 7回裏、交代を告げる阪神矢野監督(右)(撮影・菅敏)