中高一貫体制ついに結実! 札幌大谷が札幌第一を9-6で下し、09年の創部以来10年目で初優勝を飾った。3回途中から2番手で登板の太田流星投手(2年)が7回自責1と好救援。さらに1点ビハインドから7-5と逆転した8回1死二塁で、人生初本塁打となるダメ押し2ランを放ち、勝利を呼び込んだ。札幌大谷中で16年全国8強の太田らが中心となり、初の明治神宮大会(11月9日開幕、神宮)出場権を獲得。春夏通じ初の甲子園となる来春のセンバツ(来年3月23日開幕、甲子園)切符も確実となった。

秋空いっぱいに雄たけびを上げた。札幌大谷の太田は最後の打者を空振り三振に打ち取ると、天を見上げ、声を張り上げた。「やっと終わった」。マウンドでの歓喜の輪が解け、ベンチに戻り腰を下ろした瞬間、過呼吸を発症し、医務室に運ばれた。閉会式に間に合わず、仲間がメダルを授与されている間にベンチ脇に戻り「興奮しすぎました」と、笑みを浮かべた。

心身とも、すべての力を出し切った。7-5と勝ち越して迎えた8回1死二塁、自身も驚く1発が飛び出した。「外野の頭を抜けるぐらいかな」と思った打球はぐんぐん伸び、左翼スタンドに消えた。打席に入る前、感動して涙目になっていた飯田主将が駆け寄ってきた。「リードしている…思い切って…いけ」。試合が終わる前に感極まり、声を震わすリーダーの泣き顔に苦笑いし「あれでリラックスして振れた」と話した。

創部10年目、ついに初の甲子園切符を確実にした。中心は、16年に札幌大谷中で日本リトルシニア全国選抜で準々決勝進出したメンバーだ。ベンチ入り18人中10人が同中出身。4番でエースの西原、同点打を放った石鳥に捕手の飯田主将、投打に奮闘した太田らが攻守の軸となりけん引してきた。潜在能力の高いメンバーが、中学3年秋から高校のチームに加わり、核となる選手は1年春から試合に出場して経験を積み、確実に進化を遂げた。

今夏の屈辱も糧にした。南北海道大会初戦の札幌光星戦は3-0リードの4回終了時点で降雨ノーゲームとなった。翌日の再試合は2-9と逆転負け。気の緩みを感じた選手たちは、緊張感を持続するため、今大会中は自主的に「甲子園」という言葉を禁句にした。「先は見ない。目の前の試合に全力で臨まないと上にはいけない。そういうことを言う選手には厳しく伝えた」と西原。16年春全道王座から8季目、勝ちきれなかった集団が、変わった。

実績あるメンバーが、苦しみながら成長し、全国切符をつかんだ。「神宮でも、周りを信じ、打たせて取る投球で流れをつくりたい」と太田。2戦連続逆転勝ちで粘りをつけた精鋭軍団が、満を持して大舞台に挑む。【永野高輔】

◆札幌大谷 1906年(明39)4月、私立北海女学校として創立。48年に中学校を開設し、現校名となった。普通、音楽、美術科からなり、全校生徒数は807人(男子311人)。野球部は女子校から男女共学になった09年に創部。現部員は1、2年生で56人。ほかの運動部では男子サッカー、女子バレーボール、卓球、フェンシングなどが全国レベル。主な卒業生は里田まい(タレント)藤本那菜(女子アイスホッケー日本代表)。所在地は札幌市東区北16東9。種市政己校長。