北海道千歳市出身の京都国際・高岸栄太郎内野手(3年)が、2安打1打点で初戦突破に貢献した。小学6年の卒業文集に「関西の高校に行って甲子園に出て活躍します!」と記し、京都国際へ進学。高校最後の夏も甲子園にやってきた。

18年日本ハムジュニア時代の同期、札幌日大のエース左腕小熊との対決が実現した。2-0の初回2死三塁で二塁への強烈な適時打を放ち、リードを広げた。

ジュニア時代の「栄ちゃん」は、超がつく野球少年だった。土日は投手の練習に励み、平日は母と祖父と札幌ドームで年間40試合近く観戦。夏休みは毎年、登別市に住む祖父満則さん(73)とノート持参で甲子園大会を観戦し、プレーの様子をメモ。当時日本ハムの西川(ヤクルト)や関西の強豪校で汗を流す球児に憧れ、関西圏の高校入学を目指した。

中学は肘のけがでプレーができず、打者に専念。京都国際では、寮の1人部屋に日本ハムジュニア時代のユニホームやタオル、横断幕を飾り、全国大会出場を意識した。

満則さんはこの日も甲子園に駆けつけ「ヘッドスライディングは『けがするからやめろ』と言ったけど、ここまで来たら仕方ないな」と心配しながら、孫の全力プレーに目を細めた。本人は「気持ちが出てしまった。今後はなるべく控えます」と反省したが「地元の人たちに感動を贈りたい」と懸命にプレーした。

小牧憲継監督(41)は「彼が4番を打ってくれることが理想。精神的な部分で優しすぎるところがあって、もっともっと甲子園という舞台で能力を発揮してもいい選手。ただ、あえて6番において気楽に。初回の場面では、しぶとくですけど、食らいついてくれた」とねぎらった。

試合終了の整列後、小熊と握手し、互いに「ありがとう、がんばれよ」と健闘をたたえ合った。「中学の時は、1度は甲子園に出られたらいいと思っていたけど、今は日本一を目指せる仲間と出会えて、京都に来てよかった」と感謝した。【中島麗】

◆体調不良 大会本部は、京都国際の長谷川颯外野手(2年)と沢田遥斗外野手(3年)が試合中に体調不良を訴え、長谷川は軽度の熱中症、沢田は医師の診察を受け、両手、両足の筋けいれんと診断されたことを発表した。