日刊スポーツはセンバツ期間中、負けたチームにもスポットを当て、「胸張ってイイじゃん」と題して球児や監督たちの奮闘に迫ります。

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「監督として負ける方が、選手として負けるより圧倒的に悔しい」。元日本ハムの右腕で、20年から帝京長岡を率いる芝草宇宙監督(56)は、絞り出すように本音を漏らした。時計の針を39年巻き戻せば、そこには17歳の雄姿がある。87年夏、帝京のエースとして東北を相手にノーヒットノーランを演じた。その因縁の相手との再戦が、指導者としての甲子園初陣となった。「自分で投げている時の方が、まだ楽でした。監督は全選手の責任を負い、勝たせなければならないですから」と、その肩に教え子たちの人生を背負った。

大会前、自らの経験を説いた。「甲子園は力を出せる者もいれば、出せない者もいる。何のために練習してきたか、どう試合に入るか。毎日真剣に考え抜けば、おのずと集中できる」。序盤に4失点を喫したが、中盤以降は執念の守備と打たせて取る継投で立て直した。攻撃でも2回2死三塁から本盗を試みるなど、冬に磨いた機動力で揺さぶった。「みんなよくやった。甲子園で成長した」とたたえた。敗れはしたが、ベンチから見た景色は格別だった。「勝敗に関係なく、ここは本当に素晴らしい。次はこのチームを勝たせたい」と、夏への思いを深く胸に刻んだ。【鳥谷越直子】

◆芝草宇宙(しばくさ・ひろし)1969年(昭44)8月18日、埼玉県生まれ。帝京3年のセンバツで8強、夏は東北戦でノーヒットノーラン達成するなど4強入り。同年ドラフト6位で日本ハム入団。通算430試合で46勝56敗17セーブ。06年ソフトバンク移籍。07年台湾興農で現役引退。11、12年日本ハム投手コーチ、13~17年は同スカウト。20年4月、帝京長岡監督に就任。現役時代は180センチ、85キロ。右投げ左打ち。

◆帝京VS東北(87年8月16日) 帝京は1回、平山、大井、藤波の3連続長短打で3点先制。投げては芝草が9回113球、打者34人に四球6、死球2を与えながらもノーヒットノーランを達成した。東北の5番打者は、のちにプロ野球の横浜や大リーグで投手として活躍した斎藤隆が一塁手で出場していた。

◆甲子園でノーヒットノーラン経験がある監督 帝京長岡・芝草監督の他に森田俊男(選手=海草中、監督=寝屋川、向陽)、長谷川治(選手=海南中、監督=海南、日高、市和歌山商)、松本稔(選手=前橋、監督=中央、前橋)の3人がいる。松本監督は選手時代の78年春、比叡山戦で完全試合を達成した。