79年に甲子園大会で史上3校目の春夏連覇を果たした箕島(和歌山)の元監督、尾藤公(びとう・ただし)氏が6日午前3時37分、ぼうこう移行上皮がんのため、和歌山市内の病院で死去した。68歳だった。66年の監督就任後、春夏合わせて14度甲子園に出場し、春3度、夏1度制覇。79年夏の3回戦・星稜(石川)戦の延長18回の激闘は、高校球史に残る名勝負だった。95年夏の退任後は、日本高野連常任理事として高校野球の発展に力を尽くしてきたが、近年はがんとの闘いが続いていた。
◆元西武監督の東尾修氏
京都の平安高に進学するつもりだった私を熱心に誘ってくれたのが尾藤さんだった。「一緒に甲子園へ行こうや」。熱い言葉が今も耳に残っている。殿堂入りまでさせてもらった私の野球人としての第1歩を踏み出させてくれた恩師。昨年暮れ、お見舞いした時は、顔を見るのがつらくて窓の外ばかり見ていた。思い出がありすぎて、今は言葉が出てこない。
◆日本ハム吉井理人投手コーチ
体調が悪いのは聞いていた。現役をやっている間に1度見たいと言ってくれていたのに、1度も球場に誘わないまま引退してしまったのが心残り。野球で怒られたというより、生活のことで怒られたのがほとんど。電車の中で騒いで怒られ、スコアボードの上から練習中ずっと校歌を歌わされたりとか。野球に関しては楽しくやらせてもらったので、楽しい思い出が多い。どうもありがとうございましたと言いたい。
◆ロッテ上川誠二内野守備走塁コーチ
悪いと聞いていたが、びっくりしている。中3の秋、近くの進学校に進むことが決まっていたが、「僕と一緒に甲子園に行こう」と誘ってくださった。こうしていられるのも監督のおかげ。人生を変えてくれた人です。
◆阪神嶋田章弘スコアラー
野球に関するさまざまなことを教えていただき、自分の基盤となるものを築いていただいた。寂しい気持ちでいっぱいです。


