阪神岡田彰布監督(66)が、8月1日に開場100周年を迎える甲子園について語った。阪神選手との関係も深かった父勇郎さんに連れられ、初めて訪れたのは幼稚園の頃。約60年にもわたり親しんできた聖地での思い出やラッキーゾーンへの私見など、さまざまな思いを言葉にした。

阪神岡田監督の一問一答配下の通り

-甲子園球場が100周年。節目をグラウンドで迎えるのは

「いやいや、そら、光栄やな。記念の年に」

-100年という数字は

「100年言うても、お前(笑い)。大正やもんなあ。すごいなあ」

-小さい頃から甲子園を見てきた。特別な場所

「特別いうか、アレやもんな。おやじの関係でな、野球見に来るのは甲子園やったからなあ。俺とこは、一番近いのは、日生球場やったけどなあ。近鉄の。そら、大阪球場も近かったし。でも、やっぱりな、阪神甲子園っていうのは。そら小さい時から見にいったことないよ、日生も。大阪球場は、俺はリトルホークスやったからな、行っとったけどな」

-野球を見に行くなら甲子園だった

「そうそうそうそう」

-数ある球場のなかでも甲子園の魅力は

「魅力ていうか、やっぱり野球を始めたら、まず目標は甲子園やんか。高校野球としてな。第一目標いうたらおかしいけどな。プロになるまでの過程では、やっぱりまず甲子園に出たいっていうな。高校野球の、そういう高校の3年間の目標があるよな。それが甲子園やからな」

-北陽高1年で甲子園に出た。その時は特別だった

「1年…そやなあ。グラウンドに入るのは、1年の時が初めてやったけどなあ。広いなあと思ったよ。今よりも、ファウルグラウンドが広かったからな。もっともっと広かったから。ベンチももっと後ろやったやろ。もうちょっとな。余計、そう広く感じたよ。ファウルグラウンドの大きさにな。バッターボックスまでの距離とかな、後ろが」

-昔からマンモスといわれていた。入ってみて迫力を実感した

「そらもう、俺らはだって、日生やもん、大阪大会決勝が。日生はな、すぐポンとホームランになりそうな感じやったもん。高校の時でも」

-実際にグラウンドに立って、土を踏んだり、芝生を踏んだ感覚は覚えている

「いやいや、そら芝生とかもすごかったよ。土もなあ。だから、両方とも第1試合やったかなら。1回戦、2回戦な。だから余計もう、グラウンドが一番キレイな状態やったからなあ」

-お客さんが入っての光景も鮮明に覚えている

「どのくらい入ったんかなあ。第1試合やったからな、そんな入ってないと思うけどな。準々決勝は、入ってたと思うわ。あの時は準々決勝4試合の時代やったからな。あの時は結構、お客さん入ってたと思うけどな」

-改装もあったが、基本的な雰囲気は変わらない

「そうやなあ。球場の中は、変わったと思うけどな。グラウンドのラッキーゾーンはなくなったけど。あと銀傘とかも一番特徴あるし、そんなんも全然変わらへんやろ。なあ、電光掲示板も昔は手書きやったからな。そういう感じやったからな」