2月の宮崎合宿から約1カ月。4人で詳報してきた日刊スポーツ侍ジャパン取材班も、チェコ戦をもって解散します。それぞれのWBCを「侍日記」拡大版で送ります。
----◇--◇----
「大谷出てきました」。グループラインで通知が来る。「これからフリー打撃打ちそうです」「柵越え本数、見ておきます」「じゃあ僕、会見行っておきます」。慌ただしい通知が止まらない。WBC取材中はいつもこんな感じだ。侍ジャパンの取材は、決して1人では回らない。あうんの呼吸で連携してきた。
そんな日刊スポーツ侍取材班。宮崎での強化合宿から始まり、この日で東京での1次ラウンドを終えた。約1カ月、ともに取材した4人もここまで。私、小早川と久保記者は11日にマイアミに飛んで現地で待ち受ける先輩記者と合流するが、磯記者、水谷記者は今日が現場は最後になった。
取材人数が限られるWBC。侍フィーバーぶりも相まって紙面は主に4人で日々3ページと書きまくる日々が続く。侍班の3人の助けがなければ大変なことになっていた。
僕は27歳の(お飾り)キャップ、がさつで適当な性格は自覚している。最年長41歳の久保記者は豊富な経験から、足りない部分をそっとアドバイスを授けて導いてくれる。関西出身らしい明るさと身体を張った昔話は記者魂満載、でとてもマネできそうにない。
普段は阪神キャップの磯記者も仏のような優しさで、急に600字ほどの大きな原稿を振っても「いいよー」と快諾して15分後には書き終えている。阪神担当、鍛えられ方が違う。そして今大会の全記者で(おそらく)最年少24歳の水谷記者。野球愛が強く、意気揚々と楽しそうに取材する姿は頼もしい。東京ラウンドでは「大谷担当(仮)」を任命。ほぼ毎日、生き生きと1面原稿を執筆した。
磯記者、水谷記者の思いも背負ってマイアミに行く。くさい言い方になるが、ベンチにダルビッシュのユニホームを飾る侍ナインのような気持ちだ。
23年の前回大会は私が逆の立場だった。東京ラウンドで侍班を離れ、準決勝、決勝は会社で見た。あんな劇的な結末になるとは。速報記事を30本くらい書きまくって、家に帰って落ち着いた後、現地へのうらやましさが募った記憶がある。3年後、今回はマイアミに行ける。人生でもまたとないチャンス。とにかく取材して、書いて、楽しみたい。物価は高そうだけど、日本に残る2人にはちゃんとしたお土産を買おう。【小早川宗一郎】
◆小早川宗一郎(こばやかわ・そういちろう)1998年(平10)3月生まれ。東京都あきる野市出身。都立富士森では硬式野球部に所属。中大商学部を経て20年4月入社。同年10月から野球部配属で、同12月から巨人担当、24年1月からDeNA担当を務める。26年は巨人担当。趣味は海外サッカーなどのスポーツ観戦、映画鑑賞、サウナ。下手くそだけどマイブームはゴルフ。好きな食べ物は地元の八王子ラーメン。

