「腕を前に伸ばして下さい」。井上尚弥(24=大橋)が熱海で行った7月の合宿時、16年1月から肉体強化を担当する高村トレーナーに記者は指示された。その通りに両腕を前に突き出すと、「指先まで伸びてませんね」。伸ばしてみると腕に張りを感じた。「これが腕全体が使えているということ。尚弥君も最初はできていませんでした」と教えてくれた。

 この1年半で強化したのは、「意識できていなかった部分を意識してもらう。ただ動くのではなく、どう動けば力が伝わるかを知ってもらうこと」。冒頭の例えで言えば、指先まで感覚を巡らせることで、「インパクト時のパンチの力の伝導率を上げる。当てるだけにならないように」。トレーニングは地味なものばかり。機械は使わず、自重でゆっくりと部位を意識して動かす多用なメニューを実践してきた。井上本人が「地味きつ!」と顔をしかめる週3回の積み重ねで、無意識だった部分を意識できるように鍛えてきた。

 元々、同トレーナーとタッグを組んだのは、より世界の最前線で戦うことを念頭にしていたから。「モンスター」の愛称からは想像つかない繊細な感覚の強化こそ、この日の順風な米デビューにつながっていた。【ボクシング担当=阿部健吾】