<プロボクシング:WBA、IBF世界バンタム級タイトルマッチ>◇10月31日(日本時間11月1日)◇米ラスベガス・MGMグランド

強さを世界に見せつけた。WBA、IBFバンタム級統一王者井上尚弥(27=大橋)が挑戦者のWBA2位、IBF4位のモロニーに7回2分59秒、KO勝ちし、「聖地」、ラスベガスで完勝デビューを果たした。6回に左フックでダウンを奪うと、7回終了間際に右ストレートで仕留めた。世界戦15連勝は、具志堅用高の14を抜き日本単独最多。「第2章のスタート」と位置づけた一戦を飾り、世界的スターへと続く物語が始まった。

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ラスベガスでその名を刻んだ「モンスター」を、座間が支えている。井上が生まれ育った神奈川県座間市。米軍の「キャンプ座間」で知られ、人口は約13万人。相模原市や厚木市などに隣接し、横浜から約20キロの場所にある。同市のホームページによると、特産品は「大和芋」「座間納豆」「ひまわり米」など。井上は14年に市民栄誉賞を受賞している。

井上の練習は取材する側も緊張する。横浜市内のジムに入ってきた瞬間に空気が変わり、世間話をするのは大橋会長ぐらい。そんな集中力を生み出しているのが、自宅からジムまでの、約40分の移動時間だ。デビュー当時は、父真吾さんの運転で移動していたが、結婚後は1人、マイカーで通う。その時の気分に合わせて、浜田省吾、広瀬香美、C&K、AK-69などの歌が車内に響く。

自宅がジムに近いと、気持ちも切り替わらず、忙しい日々の中、バタバタの状態で練習に行くこともあるだろう。逆に、遠すぎると、体力的な影響もでる。井上は「この40分という時間が絶妙」と話す。ジムに近づくにつれて、その日やるべきことが明確になり、動きが悪かった日は、帰りの車内で消化し、家に悪いイメージを持ち帰らずにすむ。「都会に住むと、誘われて食事に行く回数も多くなる。そういう意味でも座間は大切な場所」と言う。

世界から注目され、聖地ラスベガスでメインイベントを任されるまでになった。それでも、幼い頃に走り回った公園や坂、真吾さんが焼酎で晩酌する実家のリビングなど、変わらない「原点」の光景が、井上にとって、オンとオフの切り替えのポイントになっているのだろう。

今年に入り、その「原点」を取材しようと、座間でタクシーに乗った時、運転手さんが言っていた言葉を思い出した。「以前は、座間といえば(女優の)名取裕子だったけど、今は井上尚弥だよね。世界の人だもんね」。【奥山将志】