UFCフライ級3位平良達郎(26=THE BLACLBELT JAPAN)が日本人初のUFC王座獲得に失敗した。
初防衛戦だった同級王者ジョシュア・ヴァン(24=ミャンマー)に挑戦(5分5回)し、5回1分32秒、TKO負け。日本勢8人目(9度目)のUFC王座挑戦だったが世界の「壁」は厚かった。
1回はタックルから2度テークダウンを奪ってペースを握った平良だったが、徐々にヴァン得意のパンチ技術に押され、2回には右フックを浴びてダウン。3回には左ジャブでダウンし鼻から出血。4回にはテークダウンを奪取するなどペースを握り返したかにみえたが、最終5回に再びヴァンの左フックを浴び、ケージ際に倒れたところでレフェリーストップ。TKO負けとなった。平良はマウスピースを投げすてて悔しさをにじませた。
当初は4月11日(同12日)、米マイアミのカセヤ・センターで開催されるUFC327大会で組まれていた王座挑戦だったが、王者ヴァンの負傷のために延期が発表。今年2月から米デンバー合宿を開始していた平良は、同地に残ってさらに最終調整を続けた。岡田遼コーチ、練習パートナーで格闘家の兄龍一、食事面サポートのために母真奈美さんが帯同。平良は「(延期は)簡単ではなかった。私のチームは常に支えてくれた。試合を見るために沖縄から飛行機で来てくれた。延期は彼らにとっても辛いものだった」と振り返り、UFCベルト獲得での恩返しを誓っていた。
中学まで野球少年だったが、格闘技を始めていた兄龍一に連れられ、競技を開始。元修斗バンタム級王者の松根良太氏のジムでレベルアップを図り、高校3年の時にアマ修斗で優勝。プロ転向後、21歳で修斗フライ級王座も獲得した。プロ戦績10勝無敗で、米スポーツエージェント大手イリディウム・スポーツと契約を結び、22歳でUFCの扉が開けた。
UFCデビューから日本人最多連勝記録の6連勝を飾った。しかし7戦目の24年10月、当時同級1位だったブランドン・ロイバル(米国)に1-2の僅差(きんさ)判定負けでキャリア初黒星を喫した。ここで岡田コーチの勧めでストレングス&コンディショニング・トレーニングを本格導入。古傷の腰痛の改善と負傷の予防、肉体強化を図ると、また一回り強くなった。そして昨年12月、2度王座戴冠している元同級王者ブランドン・モレノ(メキシコ)と対決し、2回TKO勝ち。今回のタイトル初挑戦を実現させていた。
日本勢では山本喧一、近藤有己、宇野薫、桜井“マッハ”速人、岡見勇信、堀口恭司、朝倉海がUFC王座に挑戦したが、王座獲得はならなかった。平良には大きな期待がかかっていたが、届かなかった。

