新日本プロレスの“猛牛”として暴れ回り、小島聡とのタッグ「テンコジ」でも一世を風靡(ふうび)した天山広吉(55)が11日、今年8月15日に行われる両国国技館大会での引退試合を最後にリングを去ることを表明した。引退後も新日本プロレスに所属しながら芸能活動などをしていくという。

天山は新日本プロレス棚橋弘至社長とともに都内での記者会見に出席。引退を決断した理由について「自分でもいろんな葛藤があったんですけれども、やっぱりプロレスラーとして現場で最低限、見せなきゃいけない。お客様に高いお金を払ってもらって(自分の闘いを)対価として見せられる自信がなくなった時があって。やっぱりこのままじゃ難しいのかなって。ここはハッキリさせなきゃいけないなというふうに、本当にここ何カ月かいろんなことを考えたんですけど。最後の試合をしっかりできるようにコンディションを整えていきたいなと思っています」と説明した。

1991年に本名の山本広吉として松田納戦でデビュー。欧州への武者修行を経て、1995年に凱旋帰国すると「天山広吉」へと改名。蝶野正洋と結託し、ヒールユニット「狼群団」、そしてプロレス界を席巻した「nWoジャパン」「TEAM 2000」へと合流。荒々しいファイトスタイルの中にも確かな技術を持ち合わせ、トップレスラーとしての階段を猛スピードで駆け上がった。

天山を語る上で欠かせないのが「G1 CLIMAX」での圧倒的な勝負強さ。過酷な真夏のリーグ戦において、2003年、2004年、2006年と3度の優勝を達成。2003年には悲願だったIWGPヘビー級王座も初戴冠。通算でも4度、同王座を獲得した。

ムーンサルト・プレス、TTD(天山・ツームストーン・ドライバー)、そしてアナコンダバイス。必殺技の一つ一つに説得力があり、対戦相手をねじ伏せる姿はまさに猛牛だった。

シングルプレイヤーとしての栄光以上にファンの記憶に刻まれているのが、小島とのタッグチーム「テンコジ」だ。長年のライバルであり、無二の親友。幾度かの対立と和解を経て結ばれた絆によって2人でIWGPタッグ王座を計6度獲得し、プロレス大賞の最優秀タッグチーム賞も受賞した。テンコジカッターをはじめとする息の合った連携は、日本プロレス史に残るタッグチームの一つとして語り継がれるだろう。

キャリアの後半は、首や腰などに蓄積されたダメージによる深刻なケガとの闘いでもあった。だが天山はリングへの情熱は失わなかった。永田裕志、中西学、小島ら「第三世代」の盟友たちと共に、若手選手のよきお手本、理解者としても存在感を示し、最後までプロレスラーとしての生き様をファンに見せ続けた。

◆天山広吉(てんざん・ひろよし)本名山本広吉。1971年(昭46)3月23日生まれ、京都市出身。90年5月に新日本入団、91年1月デビュー。03年8月にG1初制覇。同年10月にはIWGPヘビー級王座奪取。G1は04年、06年と3度優勝。183センチ、115キロ。得意技はアナコンダマックス、モンゴリアンチョップ。