今年5月に90歳になるクリント・イーストウッドが監督40作目に選んだ題材は「報道被害」だ。

メディアの報道姿勢は年々慎重さを増しているように思うが、SNSの普及で、誰もが発信側として加害者になりうる時代に、実話に基づく「リチャード・ジュエル」(17日公開)は、まさに今に通じる教訓をはらんでいる。

23年前の7月、五輪開催中のアトランタの公園で爆破事件が起こる。警備員が怪しいリュックに気付き、避難誘導をしたために被害は最小限に止まる。

警備員のジュエルは一夜にして英雄となる。が、FBIが彼をこのテロ事件の第一容疑者として監視を始め、地元紙がこの事実をすっぱ抜いたため、事件の3日後にはバッシングの嵐が巻き起こる。

ジュエルが頼ったのは以前の勤務先で知り合った弁護士のブライアント。事務所は閑古鳥が鳴き、一見頼りなさそうに見えるが、ジュエルの悲痛な訴えに義憤を覚え、FBIと世間を相手に反撃を開始する。

ジュエル役のポール・ウォルター・ハウザーは、17年の「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」で陰謀説に取りつかれた男を演じ、記憶に残っている。今回も「法順守」にこだわり過ぎて、誤解を受けやすい警備員役にリアリティーがある。

イーストウッド監督は、生真面目ゆえに周囲からは「異様」と受け取られがちなこの警備員のキャラクターをいくつかのエピソードで浮き彫りにし、後に共闘することになるブライアント弁護士との出会いも印象的に描く。本題への導入の仕方が相変わらずうまい。

弁護士役はサム・ロックウェル。日本では同時公開となる「ジョジョ・ラビット」でもナチスの将校役を好演している。軽さの奥に対応力と忍耐力、そして包容力を秘めたこの弁護士の役作りもきめ細かい。今ハリウッドで一番使われる「脇役」となったのもうなずける。

地方紙の女性記者(オリビア・ワイルド)が、FBI捜査官(ジョン・ハム)から「体を使って」第一容疑者を聞き出したことが騒動のきっかけだ。「取材方法」には明らかに問題があるが、確かに警備員の前後の行動は怪しいし、「英雄が実はテロ実行犯だった」という特大ニュースに飛びつきたくなる衝動も分からなくはない。

イーストウッド監督は、冤罪(えんざい)や誤報を生む危うさを人ごととは思わせない説得力のある演出でハラハラさせる。

疑いが晴れたからこそこの作品があるわけだが、劇中で描かれるその「勝利」はほろ苦い。SNS社会へのイーストウッドの警告がしっかり心に残った。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)