カルロス・ゴーン被告の逃亡余波で「人質司法」がやり玉に挙がり、「おもてなしの国」の意外な一面に驚きと戸惑いを覚えた外国人観光客も少なくないだろう。

対照的に、移民国家米国に「人種差別」はあって当たり前なのかもしれないが、28日公開の「黒い司法 0%からの奇跡」(デスティン・ダニエル・クレットン監督)には、やはり驚かされた。人権問題を「ケンミンショー」的視点で語るのは不謹慎かもしれないが、特定地域の常識は、はたから見れば異常事態。これも知られざる地域特性ということなのだろう。

人権派弁護士プライアン・スチーブンソンの実体験に基づいたこの作品は、わずか30年前の出来事とはにわかに信じ難い。

舞台は黒人差別が根強い80年代のアラバマ州。ずさんで偏見に満ちた捜査によって逮捕され、死刑宣告された黒人男性の無罪を勝ち取るため、新米弁護士のスチーブンソンが立ち上がる。仕組まれた証言、白人だけの陪審員、証人や弁護士への脅迫…。絶望的な環境だ。スチーブンソン自身、刑務官から黒人として屈辱的な扱いを受ける。

南部、人種問題、法廷もの…の共通点から「評決のとき」(96年)を思い出すが、こちらは白人対黒人の激しい対立を背景に、随所に「救い」もあった。今作では黒人側の主張は全面的に封じ込められ、死刑囚にはあきらめしかない。そして「評決-」がジョン・グリシャムの創作だったのに対してまぎれもない実話である。

文字通り可能性ゼロからの戦い。立ちはだかる多くの壁をひとつひとつ破っていくスチーブンソンの不屈の闘志をプロデューサーも兼ねたマイケル・B・ジョーダンが熱演している。

撮影中の思いをジョーダン自身が明かしている。「撮影中、ブライアン本人がそばにいてくれたことが大きい。彼のしぐさはもちろん、厳しい状況への思い、それからもちろん法律用語も」。奇跡を起こした弁護士本人を文字通りの「映し鏡」に演じたのだから、魂が乗り移った好演にもうなずける。

死刑囚役はジェイミー・フォックス。ジョーダンより20歳上で南部テキサス生まれ。自ら黒人差別を実感してきた彼が、かねて親交のあるジョーダンの演技に影響を与えたことも想像に難くない。2人のやりとりには俳優同士の信頼関係が反映されて父子のような絆が伝わってくる。

カリフォルニア出身のジョーダンが、撮影に付き添ったスチーブンソン弁護士と先輩フォックスの影響を色濃くしていく様子が、「新米弁護士の成長」に重なり、迫真力を生む。

信じられないような実話は信じられないくらいドラマチックだ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)