俳優・佐藤二朗(51)の個性的なキャラクターはしばしば笑いを誘うが、いつも目の奥には何ものにも動じない感じがあって、時々怖い。

「はるヲうるひと」(近日公開)は、そんな佐藤が、主宰するユニット「ちからわざ」で09年に初演したこだわりの舞台の映画化だ。

監督、脚本を担当した今回は、主演を山田孝之に譲り、自らは凶暴なその兄にふんして、持ち味の「怖さ」を存分に生かしている。

舞台は架空の島。置き屋が点在し、本土からは1日2度連絡船が往来し、女性目当ての客がやってくる。兄(佐藤)が経営する置き屋には弟(山田)と妹(仲里依紗)が寄宿し、女4人(坂井真紀、今藤洋子、笹野鈴々音、駒林怜)が働いている。

正妻の子である兄と、愛人の子である弟妹は主従関係にあり、女たちは兄を恐れ、弟をバカにしている。病弱な妹はその弟の庇護(ひご)を受け、「商売」には関わらない。女たちとの間には微妙な緊張感が漂う。

近隣では原子力発電所の建設が計画され、原発マネーを巡る不穏な動きもある。兄はその暗躍に一枚かんでいるというか、どうやら主導する立場にもあり、満たされない思いを置き屋の面々や、この非生産的な活動に向けている。

救いのない設定。何のために生きているか分からない登場人物たちののたうつような姿に、いつの間にか「生きる」とは何かを考えさせられる。

舞台で佐藤が演じたキャラに倣い、金髪姿になった山田の目は焦点が定まらない。押せば倒れそうな無気力が目に見えるような巧演だ。

どちらかといえばシャキッとした印象のある仲も従来のキャラを殺し、意味なく塗る口紅がぞっとするほど美しい。

監督・佐藤が「今まで見たことのない山田孝之、仲里依紗をご覧いただけると確信しています」と言い切るだけのことはある。

「本宅」に妻子と住む兄が語る「理想の家族」のそらぞらしさが、佐藤ならではの「空回り」演技で強調される。序盤からジワジワと狂気をにじませ、後半に荒れ狂う様はかなり怖い。終盤に自らの足元が崩れ、ぼうぜん自失となる姿まで、見事な狂気のグラデーションを披露する。

舞台からの出演者である今藤、笹野に坂井とオーディションで入った駒林を加えた女たちも大正ロマンを意識したような色使いの置き屋の中に自然になじんでいる。

それぞれの「必死」がにじむような好演の結果だろうか。退廃の極みのような物語から、不思議に元気をもらえる作品だ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)


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