文学座の重鎮角野卓造さん(69)が「引退宣言」した。といっても、引退するのは、舞台だけで、ドラマや映画などは今まで通りに出演するという。先日発売された角野さんの著書「万時正解」(小学館)の中で明かしている。

 それによると、引退宣言の理由は「虚血性脳貧血」のためという。脳梗塞に似た症状で、一瞬、記憶が飛んでしまうという。それを角野は舞台に出演中に3回も経験していた。舞台版「渡る世間は鬼ばかり」に出演中で、自分の出番が終わる直前で、「あれっ」と思って、そのまま舞台袖に引っ込んだという。幸い、過去3回ともに、大事に至らず、舞台にも迷惑をかけることはなかったという。しかし、再び、舞台上で虚血性脳貧血になる可能性はあり、4回目も無事に舞台を終えられる保証はない。そのため、大事をとって、「舞台に一区切り」を付けることを決意したという。

 角野さんといえば、24歳で文学座で初舞台を踏んで以来、文学座一筋で、いまや重鎮の1人です。ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」では幸楽の主人小島勇を長い間演じている。最近ではハリセンボン近藤春菜と顔がそっくりなことから、春菜の「角野卓造じゃねえよ」というギャグがヒットし、その縁で今や親子役でCMで共演している。

 そんな角野さんの最後の舞台となったのは東京ヴォードヴィルショー公演「田茂神家の一族」で、27日に終わったばかり。三谷幸喜作品で、私は24日の初日に見たけれど、角野さんは怪しげな人間たちばかりがいる田茂神一族の中にあって、まともと思える男だが、最後になって実は1番おかしい男だったことを分かる役を熱演していた。

 この舞台を見る限り、最後となるのは何とも、もったいないと思った。もちろん、ドラマや映画では元気な角野さんは見られることに変わりはないのだが。そして、角野さんは言う。「スポーツ選手の引退と違って、復帰も自由だ。舞台の面白い話が来たら、ものの弾みで手を挙げてしまうかもしれない。が、自分の中では、これで『一区切り』だと思っている。そう決めてしまった」。大汗をかきながら熱演する舞台の角野さんのファンとしては、「ものの弾みで手を挙げる」日を心から待っています。【林尚之】