東日本大震災が起こった2011年の夏、劇団四季はミュージカル「ユタと不思議な仲間たち」東北特別招待公演を行い、被災地である東北沿岸部を巡演した。岩手県釜石市、宮古市、大槌町、宮城県石巻市、気仙沼市、福島県いわき市、南相馬市など大きな被害を受けた地域の子供たちを招待し、11年13都市、12年9都市で延べ2万1000人以上が来場した。

私も当時、現地での公演を取材したが、会場は学校の体育館が多かったから、舞台装置、照明はシンプルだった。ステージを囲むように子供たちが座り、子供たちと同じ視線で演じていた。だからこそ、出演者の熱い演技がストレートに伝わってきた。「ユタ」は東北の美しい村を舞台に、貧しさゆえに生きられなかった子供たちの霊である座敷わらしが、いじめに苦しむ少年ユタを励まし、生きる勇気を呼び起こしていく。座敷わらしは自殺を何度も考えたというユタを「馬鹿野郎」としかり、「生きるってすばらしい」と「友だちはいいもんだ」を歌いあげた。近隣の学校から集まった子供たちは食い入るように舞台を見つめ、笑い、歓声を挙げた。そして、「今日から明日へ 希望がつづく」「みんなは一人のために 一人はみんなのために」という歌詞に涙を流す姿があった。最後には大きな拍手が起こり、終演後は出演者と笑顔で握手し、晴れやかな表情で会場を後にした。

その震災から10年の節目となる21年9月、四季は8月に初演されたばかりの新作オリジナルミュージカル「はじまりの樹の神話」で再び東北沿岸部ツアーを行う。今回は文化会館などホールでの公演となり、18日の釜石市を皮切りに宮古市、石巻市、いわき市など11都市を巡演する。「はじまりの樹の神話」は、内気な少年スキッパーが誰かの力になることやつながりの大切さに気付いていく、心の成長物語。「受け継がれる生命の尊さ」「人と人とのつながりの大切さ」という「ユタ」にもつながるメッセージが込められている。

10年前の「ユタ」巡演に参加し、今回も出演する菊池正は釜石市の出身。「再び東北にうかがえることをとてもうれしく思っています。地元の釜石をはじめ、大変な被害を受けた地域ばかりでしたが、見に来てくださった皆さんが、真っ赤な目をしながらも笑顔で『元気が出たよ』とおっしゃってくださったこと、今でも深く心に刻まれています」と振り返り、10年ぶりの再訪に「うかがうすべての土地が思い出深く、また皆さんにお会いできることが楽しみです」と話す。

コロナ禍で鬱々(うつうつ)とした日々をおくる子供たちに、「勇気」と「生きることのすばらしさ」を伝える公演になるだろう。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)