西田敏行さんが亡くなった。76歳だった。
映画「釣りバカ日誌」やドラマ「池中玄太80キロ」など映画、ドラマで多彩な役を演じた西田さんですが、原点は舞台でした。
明大農学部に入学したものの、小さい頃からの憧れだった俳優を目指して、俳優養成学校の「日本演技アカデミー」に入り、その時の仲間たちと「劇団シアター67」を旗揚げした。公演を3回ほど行ったものの、赤字続きで解散。明大も除籍となった時に、出会ったのが青年座でした。俳優座出身の東恵美子さん、山岡久乃さんらによって1954年に結成された劇団で、西田さんはその養成所を経て、70年に座員となりました。その年に出演した舞台「情痴」では出番こそ少ないものの、劇評で「西田敏行という新人は面白い」と早くも注目され、入団2年目の71年には「写楽考」で主演に抜てきされました。再演を重ねて上演回数は300回を超える劇団の代表作となったが、当時の青年座は経営難から解散の危機にあり、「写楽考」の成功で危機を脱したそうです。
そんな青年座の看板俳優だった西田さんの舞台を初めて見たのは、79年の「盟三五大切」でした。鶴屋南北の作品で、若山富三郎さん、木の実ナナさんと共演した西田さんは三五郎を演じましたが、悪に徹する非道ぶりが印象的でした。その後も「欲望という名の電車」「冒険ダン吉の冒険」「からゆきさん」、テント公演の「つくづく赤い風車 小林一茶」、演出にも挑んだ「リセット」、森繁久彌さんから受け継いだミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」などを見ました。しかし、多忙な生活で無理を重ねた結果、2003年に心筋梗塞で倒れました。1カ月ほどの入院で復帰しましたが、体力的にもう舞台出演は無理と、30年以上も在籍した青年座を04年に退団。以降、舞台からは遠ざかりました。青年座は今年で結成70周年を迎えましたが、西田さんは看板俳優として青年座を長い間にわたり経済的に支え、大きく成長させた立役者と言ってもいいでしょう。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)




