テレビ朝日の看板ドラマとして、今年誕生20周年を迎えた「相棒」(水曜午後9時)。主演水谷豊(68)は、警視庁特命係・杉下右京の顔がお茶の間にすっかり浸透した。クールだが秘めた正義感は熱く、どこか変わり者の右京を演じて20年。同じ役に挑み続けるその先には、視聴者をあっと驚かせる狙いがある。

★あっという間に

ドラマの撮影後、水谷は「杉下右京」そのままの姿で現れた。冷静沈着、頭脳明晰(めいせき)のイメージに背筋が伸びるが、目の前では温かいココアをすすっている。聞けば大の甘党という。

「僕ね、食事するとデザートまでいかないと気が済まないんです」

ドラマとのギャップと優しい笑みに、緊張が緩む。

誕生20周年を迎えた主演シリーズ「相棒」は、10月に「season19」が始まった。

「あっという間ですね。気がついたら20周年というくらいです。不思議な気持ちですし、よく20年やってこられたなという思いもあります」

00年6月、「土曜ワイド劇場」でスタート。3本の単発ドラマを経て02年に連ドラ化された。当初から長期作になる予感があったという。

「あまりにも脚本が面白かったので、その時に5年はやることになると思って。メインライターの輿水(泰弘)さんにも当時話しているんですね。そうしたら『ええ!? 5年ですか』と。まだ始まってもいないのに(笑い)。でも始まったらやっぱり面白い。プロデューサー、脚本、監督、スタッフ、そして現場にいる我々俳優。これはいい人たちがそろったんだなと思いました」

予測した5年後も終了の気配はなく、「数字として良い『7』」を次の目標に定めた。

「ところがテレビドラマとしてヒットして、『映画を作りたい』という話になった。映画を撮っていろいろ考えたら、ここでやめるのもね、と。じゃあきりがいい『10』までと内輪で話をしたんですが、そうしたうちに『15』を過ぎて。この“相棒ワールド”はどうなっていくんだろうと思い始めてからは、もう、皆目見当がつかない世界です」。

現在までに350話以上を放送。長期シリーズになった理由を、こう分析する。

「『相棒』の中にいろんな世界がある。ある時はシリアス、ある時はコメディータッチで見せていく。国を動かすような組織とぶつかったり、近所のちょっとした事件を解決したり。『相棒』の中で扱えることがすごく広いんです。僕たちも撮影しながら、次はどんな脚本が来るか楽しみに待っている側ですから。次はどんな世界に行くんだろうと」

1年の半分以上を「相棒」に費やすが、体調面で撮影に大きく迷惑をかけたことはないというほど体は丈夫だ。

「なぜか健康なんです。この20年で2回くらいスタッフからインフルエンザうつされたことがあるくらい。だから誰も心配してくれないんです。これだけ長くやっているのに(笑い)」

★僕の名前は…?

娯楽の多様化から、90年代半ばには「テレビ離れ」が言われるようになった。そんな中、「相棒」は大人をターゲットにしたドラマとして始まった。

「1つの思いとして、まずは大人を振り向かせたいと。映画やドラマ、ファッションも若い人に向けてはあるけれど、大人に向けてというものがあまりなくなってきていた。ドラマで大人を振り向かせたいという思いが我々にあったんです」

過去に1度だけ、レンタルビデオ店で「相棒」を探す親子連れに遭遇したことがあるという。

「娘さんが『ママ何探してるの?』、お母さんが『相棒探してるのよ。どれにしようかな』って言ってるんです。『相棒好きなのよ』、『そうなんだ』って。僕の背中側でですよ。ドキドキドキドキ…(笑い)。何借りるんだろうと思いながら」

「水谷さん」ではなく、「『相棒』の右京さん」と声を掛けられることも。

「最近、僕の名前知らない人増えてるんじゃないかな(笑い)」

役柄のイメージがつくことを、俳優としてどう思っているのか。

過去のドラマでは「傷だらけの天使」(74年)で不良を、その後「熱中時代」(78年)で正反対の新米教師を演じ、当たり役になった。

「その変わりざまが、自分はすごく楽しかったんです。若い時は『キャラクターに縛られる』ってよく言われました。でもその分、次は思い切って裏切ることができる。だから印象が強くなればなるほど、次にやる役とのギャップが大きくなる。それは楽しいことだととらえています」。

「杉下右京」の色に染まることも、どんとこいだ。

「縛られて結構、そう思ってます」

★60代で映画3本

60代から映画監督の顔も加わった。17年公開の「TAP THE LAST SHOW」で監督デビューした。

「若い時は何度かオファーをいただいていたんですけど、その時は役者としてどうなるか分からない時。そのうちいい年齢になってきて、監督をやるなんてないだろうと思った時にやったのが、あの映画でした」

19年公開の次作「轢き逃げ 最高の最悪な日」では脚本も手掛けた。舞台あいさつでは「60代で映画を3本撮りたい」と宣言。水を向けると、手に持っていた紙コップを落としてみせ「言ったらしいですね」と、ばつの悪そうな表情だ。

「何かあと2年で間に合うように、できることを考えたいと思っています。でも、始まったら早いですから」

「TAP-」では若手を導いて再起に懸ける元タップダンサーを、「轢き逃げ-」では1つの交通事故をめぐる関係者の心情をこまやかに描き、異なる作風で驚かせた。役者業同様、監督としても振り幅を見せたいという。

「また(脚本を)書いて撮れたらいいですね。やるとしたら、『え?』って言われるくらい全然違うものをやりたいですね」

取材を終えてあいさつを交わすと、水谷は記者とカメラマンに拳を突き出して“グータッチ”。ねぎらいの言葉を残し、さわやかに去っていった。最後までギャップにやられてしまった。【遠藤尚子】

▼作品初期から参加する橋本一監督

毎シーズンごと、常々絶妙な変化、というより進化を遂げていると思います。ただ、どのシーズンも見事なまでに右京さんなんです。これがベスト右京さんだと思わせながらも、次のシーズンはさらに面白い方向へ進化していく。揺るぎない太い芯を持った俳優であると同時に、時代の空気をサラリと取り込む軽やかさも持ち合わせた方かと。新しいことが面白ければ、芯を削って形を変えることもいとわない、柔軟さ。変わっていないけど、変わっている。それが俳優水谷さんであると思います。

◆水谷豊(みずたに・ゆたか)

本名同じ。1952年(昭27)7月14日、北海道芦別市生まれ。68年、ドラマ「バンパイヤ」に主演後、70年「その人は女教師」で映画初出演。76年、映画「青春の殺人者」でキネマ旬報主演男優賞を当時最年少で受賞した。映画は13年「少年H」、ドラマは17年から続くBS朝日時代劇「無用庵隠居修業」シリーズなどに主演。168センチ、血液型A。

◆「相棒season19」

警視庁特命係の杉下右京(水谷)と、法務省出身の相棒冠城亘(反町隆史)が事件解決に挑む人気刑事ドラマの第19弾。来年1月1日に恒例の「元日スペシャル」(午後9時)を放送。ゲスト岸谷五朗はテレビシリーズの「相棒」初出演。

(2020年12月20日本紙掲載)