歌手鈴木亜美(41)が、7月にデビュー25周年を迎えた。98年2月にテレビ東京「ASAYAN」のオーディションでグランプリを獲得し、同7月に「love the island」で歌手デビュー。同年にレコード大賞新人賞を獲得して以降、ミリオンヒットを出すなど音楽シーンで活躍を続ける。16年には一般男性と結婚し、現在は3児の母。激辛好きとしても知られるなど、さまざまな顔を持つ鈴木の今に迫った。【佐々木隆史】

★友人6人と履歴書

26年前の97年、高1だったある日のことを今でも鮮明に覚えている。

「初めて親に内緒で部活をサボって、ハラハラドキドキしながら行きました。友達6人で一緒に行きました」

同じ陸上部で1学年上の兄の目を盗み、履歴書を持って友人らと向かった先は東京国際展示場。「ASAYAN」ボーカリストオーディションの1次試験会場だった。

「昔からカラオケが好きで、歌うのが楽しいし、みんなで盛り上がれるのがすごい好きでした。歌手になれたらいいな、ぐらいの感じでした」

約5000人が集まり、履歴書だけで100人に絞られた。友人は全員落選の中で通過。面接、カメラ前での歌唱もクリアし、一気に30人までに残った。途中、後に怒られるのが怖くなり、友人に頼んで両親に部活をサボってオーディションに行っていることを打ち明けたという。

「友達が『今、ASAYANのオーディションにいるんだよね』ってテンション高く言ったら『何言ってんの! 今すぐ帰ってきなさい! そんなの受かるわけないでしょ!』って激怒されて。でも、これだけは最後まで受けたいって思ってやり通しました」

★1次突破周囲激変

1次試験を突破したことで、周囲の環境ががらりと変わった。

「テレビに出てからは地元で大騒ぎになって。座間はすごい田舎なので、学校は知られるし、家も知られるし、電話番号も知られるし…。恥ずかしさとか、落ちたらどうしてくれるんだよとか、でもすごいうれしいのはありました」

約半年間に及んだオーディションで、98年2月に合格をつかんだ。喜びはもちろんあったが、解放感も同時に感じた。

「これまでとは違う道が開いた感じでした。ここから抜けられるっていう。そういう切り替えが一気にできましたね」

★小室哲哉前に熱唱

「ASAYAN」で合格した1カ月後の3月。デビュー曲をプロデュースしてくれることになっていた小室哲哉(64)に会いに、米ロサンゼルスへ向かった。安室奈美恵さんやglobe、TRFなどを聞いていた鈴木にとって、夢のような出会いだった。

「当時はこの方が世界を回していると思っていました。音楽の力ってものすごいと思ったし、全ての人が影響を受けるっていうのがすごくて」

会って5分ほど話し会話もそこそこに、すぐに歌うことになった。

「声を聞きたいから歌ってみようっていうことで、観月ありささんの『TOO SHY SHY BOY!』と宮沢りえさんの『NO TITLIST』を歌うことになって。小室さんの中でこっち路線だなっていうのがあったんでしょうね。アイドルというか」

何も考えずに、とにかく一生懸命に歌った。

「テレビで聞くよりも声がすごいシャキシャキしてるって言われて。マイクもみんなより声が拾いやすいって。初めて声を褒められました。それまでは自分の声は男の子みたいな声で、低くてすごく嫌いだったので。これが私だけの声なんだって自信を持てました」

★レコ大新人賞獲得

98年7月に「love the island」でデビューし、同年のレコード大賞新人賞を獲得。99年のファーストアルバム「SA」は約250万枚のダブルミリオン、同年の7枚目シングル「BE TOGETHER」も自身最大となる87万枚をセールス。デビュー日となった今年7月1日に新曲「I just feel good(Prod.TeddyLoid)」を発売するなど音楽シーンで走り続けてきた。

「ずっと見てきてくれるファンのためにライブをやったり、共有できる時間ができたらいいなと思っています。みんなと一緒に年を取っていこうようって。何十歳になってもやりたいなと思います」

★16年結婚3児の母

16年に一般男性と結婚し、17年に長男、20年に次男、そして22年に長女が誕生した。3児の母として、育児にも奮闘。特に長男が生まれた際は、仕事の両立は肉体的にも精神的にも厳しかったという。

「それでも絶対にやめたくなかったです。私はこの仕事をしてきて、今ここにいて、ずっと頑張ってきたから切りたくなかったです。むしろママになって新しい1歩が始まる。一からスタートしたいっていう気持ちが強かったです」

出産後、約半年で仕事に復帰。子どもを2人持つチーフマネジャーが就くなど、理解してくれた事務所に感謝している。今も変わらぬ美貌を保つ秘訣(ひけつ)は、その6歳の長男の存在だという。

「すっごく厳しいんですよ。ある意味、主人です。髪の毛切った時も『長いのが好きなのに』って怒られたし、ちょっと露出してる服着てたら『早く隠して』とか。『おなかが出てるよ』『ここがブヨブヨ』とか。はい、鍛えます! って感じで」

子供らを保育園に送った後の平日午前、週に3~4日ジムに通う。筋トレを40分程度行い、最後はサウナで“整う”のがルーティンだ。

★「全部伸ばす」目標

15年には芸能界で初めて「フードアナリスト2級」を取得した。他にも「スパイス香辛料ソムリエ」の資格や「整理収納アドバイザー2級」を取得。最近では「激辛女王」としてテレビ番組や自身のYouTubeで活躍を見せている。デビュー25年で多くの引き出しを作った。次はどんな道を歩むのか-。

「いろいろなことができるのが目標。家ではママの顔、仕事では歌手の顔。料理が得意な顔、激辛好きな顔、バラエティーもいける顔。その他にもイベントとかで盛り上げられる顔みたいな。全部ができてこそ芸能人だなと思っていて。それが一番の理想です。全部を伸ばしていくのが目標。小さい子どもたちにも『鈴木亜美だ』って言われるのも目標です。そのためにも鍛えて、いろいろなことをキープしていきたいです」

▼小室哲哉(64)

当時のオーディションは、1週間に何万人の応募があった時期でした。どうしても目立つ何かがないと書類選考が通らないと考えてきたのかな? 履歴書に5枚か6枚、もっとだったかもしれない。スナップ写真を貼りつめてきたのは亜美ちゃんくらいだったんじゃないかな。そんな効果があってか、審査を通った履歴書が僕のところまで届きました。僕は当時ロサンゼルス在住で、いつもどかっと履歴書が届き選考していたのですが、部屋に並べて見ていたなと覚えています。送ってくれた写真の1枚が、横浜だったかな? 背景などがいい意味で何も考えていないような写真が印象的でした。そんな計算のない純粋さにひかれたのだと思います。そして15歳くらいだった亜美ちゃんに、春休みを利用してロサンゼルスに来てもらいました。そこで初めて話をするわけですが、実際の亜美ちゃんは中高生とは思えない無邪気な印象で、「次の長いお休みが夏休みなのでそこでデビューしたいです。」と本人から言われました(笑い) レコーディングはロサンゼルスのソニースタジオで行われましたが、基本単身で渡米していました。そしてASAYANの放送で、デビューする亜美ちゃんを応援する学校のお友達たちを取材した回を観て、たくさんの友人にとても愛されている存在で「この子はいけるかも」と思った記憶があります。当時は取り合いになっていた曲を、亜美ちゃんにあげたり、アルバム曲も含めて、亜美ちゃんに提供した曲は自分でも今も気に入っている良曲。TM NETWORKの曲をカバーしてもらった「BE TOGETHER」は、いまだに亜美ちゃんの曲だと思っている人も多いんじゃないかな。これからも長く音楽活動を続けて、そんな曲たちを届けてあげて欲しいな。と思います。

◆鈴木亜美(すずき・あみ)

1982年(昭57)2月9日生まれ、神奈川県座間市出身。98年にテレビ東京「ASAYAN」のオーディションでグランプリを獲得して芸能界入り。99年のシングル「BE TOGETHER」が自身最大のヒットとなり、同年のNHK紅白歌合戦に初出場。00年にNHK「深く潜れ~八犬伝2001~」で女優デビュー。24日開幕の音楽劇「ジャッキーと不思議なオルゴール」でメロディー姫役を演じる。16年に一般男性と結婚し、3児の母。

◆ASAYAN

90年代に人気を博したテレビ東京系バラエティー番組。96年ごろから「夢のオーディションバラエティー。」として、つんく♂や小室哲哉らがプロデューサーとして、モーニング娘。やCHEMISTRYら数多くのタレントを輩出した。

歌手としてママタレントとしてあっという間に走り抜けた25年を振り返る鈴木亜美(撮影・中島郁夫)
歌手としてママタレントとしてあっという間に走り抜けた25年を振り返る鈴木亜美(撮影・中島郁夫)