ショーケンこと萩原健一(67)の歌手活動50周年記念のライブDVD「PREMIUM LIVE LAST DANCE 2017」が20日に発売される。そのプレミアム上映会&ミニライブが、13日午後7時から東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズで開かれる。萩原本人が登場して、スペシャルトークとミニライブを行う。

 67年にグループサウンズのザ・テンプターズのボーカルとしてデビューした萩原は、あっという間にスターの座に上りつめた。だが、ブームが去るのも早かった。70年に解散。翌71年には沢田研二とツインボーカルのPYGに参加したが解散。そして萩原は、俳優の道へと進む。

 「もともと、映画に興味があったんですよ。役者っていうか、映画監督になりたかった。うちの兄貴が絵描きになりたくて、風呂屋の富士山の絵や、映画の看板を描いたりしていた。そうすると映画のチケットとお金をもらえたんですよ」

 兄の描いた映画の看板を見ていた萩原は、あることに気が付いた。

 「兄貴が描いてるのを見ると、映画監督っていうのが一番、文字がでかいんだよ。片岡千恵蔵より、マキノ雅弘の方が大きいんですよ(笑い)。で、なりたいなあって思いながら、石原裕次郎さんの『嵐を呼ぶ男』なんかの看板を見てたら、井上梅次監督の名前が大きく書いてある。あの石原裕次郎さんも、井上監督さんの言う通りにしてるんだろうなあって思ってたんだ」

 テンプターズのショーケンは、あっという間に俳優萩原健一になった。日本テレビ系で「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事、「傷だらけの天使」の探偵・木暮修。長髪でファッショナブル、それでいてワイルドな萩原の姿は、若者たちの圧倒的な支持を集めた。そして、倉本聡氏が脚本を担当した「前略おふくろさま」では一転して、短髪の板前、三郎を演じた。情熱をほとばしらせた役柄から、寡黙で素朴な役柄へ。74年のNHK大河「勝海舟」では“人斬り以蔵”と呼ばれた、土佐藩の刺客・岡田以蔵を演じて、鮮烈なイメージを残した。

 来年3月放送のNHK「どこにもない国」では、元首相・吉田茂の外相時代を演じる。土佐の刺客を演じた萩原が、40年の時を経て土佐高知が生んだ大政治家になった。萩原は「吉田茂は日本人の心の原点。非常に光栄」と吉田茂役に取り組んだ。髪の毛を剃って吉田茂になりきった。

 「こういう福々しい、今までになかったイメージですよね。だから実験的にね、これは(次世代高画質映像の)4Kであり、8Kで撮った。要するに特殊メークができないんですよ。だから髪の毛の後ろを剃ってね。ほおも、外から肉盛りするとばれるんですよ。だから内側からやんなきゃいけない。マウスピースを入れてね。で、体重は110キロくらいですよ。そのふくよかさを出すために、肉綿を入れて、ガーゼでうまく作った」

 吉田茂を演じる事で、萩原は50年の芸能生活の中で初めての経験をした。

 「私、50年やっていて、役者として正確に言えば45年。掛け持ちって、やったことがなかったんですよ」

 現代の売れっ子の俳優、特に脇役は、同じクールの別の局の連ドラを掛け持ちすることもある。

 「うん。でも、僕は45年間、初めての掛け持ちをやったんですよ。ドラマ撮影で吉田茂を演じてる最中に、50周年記念のステージをやっているんですよ。これはね、やっぱりいろいろサポートしてくれる、プロモーターがいたり、演出家がいたりだから。こういう風にっていうのは、安心感がないとできない。それができた。だから今後はね、ダブルヘッダーをやって行こうかと思ってる。体力の続く限りね」

 デビュー50周年の初めての掛け持ちで、俳優とミュージシャンを納得できるようにこなせた事が、萩原に新たな自信と力を与えた。

 「60年祭までは、もう駆け足ですね」

 ショーケンの疾走は続いている。50年をすぎても加速し続けている。

 ▼プレミアム上映会&ミニライブのチケット購入は、ドリパス(https://www.dreampass.jp/e1410)から。