八千草さんは取材する度に優しい笑顔で迎えてくれた。ドラマや舞台で見る「日本の理想の母」そのままの姿だった。

一方で、自らの意を曲げない強さを持った人だった。

八千草さんの遺志で、葬儀は近親者のみの密葬で、お別れの会も行わない予定だが、生前に関係者に明かした理由を聞いて、八千草さんらしいと思った。お別れの会については「みんなが迷惑するでしょ。私のために時間を割いて、集まってもらって、お金も包まなくちゃいけない。大変だから、やらなくていいわ」と言っていたという。

密葬の理由には、ちょっと驚いた。八千草さんは、がん闘病中に九条摂子役で出演したドラマ「やすらぎの郷」で摂子は亡くなり、葬儀の場面を収録していた。八千草さんは「番組で皆さんも参列して、すてきな葬儀をしてくれた。私も見て、良かったと思ったし、それで十分」と満足していたという。

昨年8月に主演舞台「黄昏」の取材で、心に残った言葉がある。「年齢を理由に挑戦することをやめたら、人生の可能性は狭まってしまう。ちょっと無理をしないと、生きている実感も得られないし、つまらないでしょ。ちょっとだけ無理をしてやっていきたい」。実はその年の1月にすい臓がんの摘出手術を受け、抗がん剤治療を行っていた。体は悲鳴を上げていたはずなのに、周囲にがんを明かさず、2時間の舞台をやりとげ、ドラマ出演も続けた。上品な笑顔の裏で、ちょっとだけ無理をしてきた大女優。すごい人だと思った。【林尚之】