演歌歌手石川さゆり(64)が29日、東京・渋谷のNHKホールで50周年記念リサイタルを行った。
73年のデビュー曲「かくれんぼ」や大ヒット曲「天城越え」「津軽海峡・冬景色」を熱唱し、07年に亡くなった作詞家阿久悠さんの未発表曲「みち 今もなお夢を忘れず」の初歌唱では、ウクライナの民族楽器バンドゥーラ奏者ナターシャ・グジーさんとのコラボを披露。ラッパーKREVA、ギタリストMIYAVIとタッグを組んだ最新曲「愛されるために君は生まれた」のパフォーマンスもあった。
公演前には取材に応じた。以下は主なやりとり。
-50周年のリサイタルです。今の気持ちは
今日は朝起きて、雲ひとつないお天気で。天が応援してくれているようでうれしかった。コロナ禍で約3年、大きいコンサートを開催できなかった。今日は応援をしてくれる人たちに歌を届けられます。このNHKホールは(73年から運用が始まって)同級生なんです。同じだけがんばってきたホールなんです。
-デビュー当時は「50周年」をどう思っていましたか
あのころは、50周年を想像する「そ」の字もなかった。(山口)百恵、(桜田)淳子、(森)昌子さんが同じ頃デビューした。楽屋では、みんが私が最初に辞めると言っていたんです。だから本当にビックリです。そして、10代や20代は、(作詞作曲の)先生から「次はこれ」と作品をいただいた。育ててくれた先生がみなさん天国に旅立って、その後に音楽仲間を作った。いろんな仲間と音楽を作ってきました。
-バンドゥーラ奏者のナターシャさんとのコラボがあります
ウクライナのバンドゥーラは日本でいう三味線や琴。お国の楽器ですね。まだまだ続く戦争。音楽はいろんなものを超えて1つになれる。温かい楽器をみなさん聞いてもらいたい。
-デビューしたての自分にかける言葉は何ですか
とにかく元気に面白いことを探しなさい。私が50年歌ってこられた。それは多くの人との出会いだよと
-50年でうれしかったことは?
NHKホールに来ると、「津軽海峡・冬景色」を(デビューから)5年目で初出場。ここか~、私が小さい頃から見ていた場所は思いました。
-逆につらかったことは?
自分が大変だった時に、先輩の北島三郎さんに「何でこうなるのでしょう」と愚痴ったら「さゆり、関所だと思え。ここを超えれば(先が開ける)」とおっしゃったんです。だから、大変なことがあると関所だと思っています。何かあると(この言葉で)自分を戒めています。
-関所の向こうは何があるのでしょう?
何があるか分からない。それが面白い。
-さゆりさんにとって歌とは何か?
一番長い付き合い。どんな時も歌ってきました。結婚して50年たった夫婦が「(夫婦関係を)空気ですかね」とおっしゃる。歌はたやすいものではないが、そんな感じです、
-紅白歌合戦に昨年まで44回出場。今年出れば45回です
いつの間にか、先輩がたがいなくなった。若い歌い手で「ドキドキする」という人がいると「お祭りだと思って元気に歌おう」と声を掛けるけど、自分でもそう思います。
-歌声をたもつ秘訣(ひけつ)は何か
我慢しているものは何もない。でも、悪いことをあえてやっていない。逆にコロナ禍でステージをできなかったのがフラストレーションでした。コロナが明けて、今はふたが開いて、あー気持ちいい!
-プロ野球の日本シリーズ。ヤクルトの村上宗隆選手が熊本県の同郷です
同郷でうれしいです。(本塁打で)王さんの記録(55本)を抜いたけど、王さんを抜いたわけではありません。すてきな大人になって、カーンとやっていただきたい。期待しています。
-加山雄三さん、吉田拓郎さんらが音楽活動に「区切り」を付けています
何事も走り続けるのはきついし大変なこと。加山さんにも拓郎さんにも「お疲れさま」という気持ちで一杯です。私たちは、やっている限りは走らないといけないんです。
-最後にファンにメッセージを
50周年を迎えて、何てすてきなことなんでしょう。皆さんにちゃんと、生きた歌をお届けしたいです。



