「製作している映画、撮り終わっている映画を、きちんと公開するもの、公開しないものを仕分けする」

この発言は、1月31日に都内で開かれた日本映画製作者連盟(映連)の新年記者発表で、KADOKAWAの夏野剛社長(57)が、自ら切り出したものだ。聞いた瞬間、猛烈に違和感を覚えた。映画を仕分けする…って、どういうことなんだ? と。その後の夏野氏の発言を聞けば聞くほど、首をかしげるしかなかった。

映連は、配給大手の東宝、東映、松竹、KADOKAWAの4社で構成する業界団体だ。公式サイトの団体概要には「映画製作事業の健全なる発展を目的とし、会員間の不公正防止、海外輸出の促進、国際映画祭の参加、国内外資料の蒐集作成及び公的機関、関連団体との折衝などを行う」との説明がなされている。

例年、1月末に開かれる新年記者発表では、島谷能成会長(東宝会長)が、前年の映画産業に関するデータ「日本映画産業統計」を発表し、1年の興行の概況、映画館の増減などを一通り説明する。続いて、松竹の迫本淳一社長、東宝の松岡宏泰社長、そして14日に亡くなったことが発表された東映の手塚治社長が1年を振り返り、新年のラインアップについて説明した。

4社の最後に発表が回ってきた夏野氏は、まず前会長の角川歴彦被告が22年9月に東京オリンピック(五輪)汚職で逮捕、起訴された件に触れた。「昨年は当社が多大に皆様、業界の皆様、ユーザー、観客の皆様にご迷惑をおかけすることがありまして、本当に申し訳なく思っております。大変、申し訳ありませんでした」と謝罪した。その上で「KADOKAWAの体制変更によって映画事業と映画を、どうするんだ? というお話があると思いますので、そのことについて、お話をさせていただきたい」と自ら説明を始めた。

夏野氏は「私自身はですね、映画…実写、あるいはアニメの世界は今、未曽有のチャンスを迎えていると思っております」と口にした。その後、こう続けた。

「したがって昨年来、製作している映画、あるいは、もう撮り終わっている映画等ありますけれども、全面的に…まぁ全面的にと言いますか、ものによってなんですけども、きちんと公開するもの、公開しないものを仕分けしまして、今年以降に、きちんと出していくものは出していく、出していかないものは出していかないという判断をしたいというふうに推移している最中でございます」

映画製作、アニメ制作事業に前向きな姿勢を見せた直後に、完成、もしくは完成間近の映画を仕分けすると発言したのである。その上で、本年度のラインアップについて「実写に関しては『わたしの幸せな結婚』が3月に控えておりますけども、それ例外の作品も何作か出していきたい」と説明。「昨年まで以上に今年以降は、映画の実写及びアニメの事業に関して力を入れ、お金もかけて、人も増やして、積極的に取り組んでいく所存でございます」と言い、発表を締めた。

そもそも、冒頭の「当社は配給の方を、ほとんどやっておりませんので」との発言から、意味が分からなかった。KADOKAWAは22年に「とんび」(瀬々敬久監督)「恋は光」(小林啓一監督)「川っぺりムコリッタ」(荻上直子監督)「マイ・ブロークン・マリコ」(タナダユキ監督)「貞子DX」(木村ひさし監督)など、魅力ある作品を配給していたからだ。

配給作品の中には、外部の会社の製作、配給作品の、配給に協力したという立ち位置のものもあるだろう。それにしても「ほとんど配給をやっていない」という発言を、配給作品の監督や出演俳優が聞いたら、どう思うだろうか? また、唯一、口にした今年の新作「わたしの幸せな結婚」は、KADOKAWAは原作を出版しており製作委員会に入っているが、配給は東宝だ。一方で既に配給作品として発表済みの、横浜流星主演の「ヴィレッジ」(藤井道人監督)は、タイトルすら口にしなかった。

質疑応答に入ると、1人の記者が「今のお話で、きちんと公開するものと、しないものの判断をしていくというお話をいただきましたけれど、どういう基準で判断をされていくのかな? と。これまでも、良い映画をたくさん作ってこられたので」と質問した。

夏野氏は「世の中に大きく受け入れられるようなものを、きちんとお出していく、というお話に尽きる。今までが、そうじゃなかったか? と言われると、今までも、それを狙っていたわけなんですけども一層、そこを強めて、世の中に受け入れられるものを、きちんと出していく」と語った。さらに、こう続けた

「今後は、世の中に受け入れられるものだけを作っていく、ということをやっていきたいと思います」

その言葉に、さらに疑問は増した。そこで、質疑応答の最後に「仕分けをするとした一方で、お金も人も割くと言った。こちらの聞き方が悪いかも知れないが、仕分けする、出さないものを出さないということになると、ある程度、いけそうな企画も閉じるイメージがある。映画事業は縮小するのか?」と質問した。

夏野氏は「アニメの方は拡大傾向にありまして。実写は波があり、大作をやる時には大きいお金をかけて、やらない時には、それなりにという感じなんですけども。どちらの方も、拡大していこうと思っています」と説明した。ただ、その流れで「過去、撮ったもので、ちゃんとお客さまに見ていただけるようなものは公開し、そうじゃないものは…ということを、この体制変更に伴う過渡期は、きちんとやります、ということを申し上げました」と再び、映画を仕分けしていくと発言したのである。

映画事業を拡大していくとしながら、映画を仕分けする…発言の整合性が取れていないと感じたので「前会長の不祥事があったことで、KADOKAWA映画が今後、厳しくなっていく、という認識ではないということか?」と質問した。夏野氏は「それが、ないということを今日、宣言させていただくということでございます」と断言し、そこで質疑応答は終わった。

新年発表会が終わった直後に、夏野氏の発言をまとめた速報原稿を執筆し、配信したところ、国内のみならず、海外で活動する映画人からも記者の元に問い合わせが幾つもあった。その多くが「映画を仕分けするなんて、とんでもない」「出版や映画という表現物を生業にする会社の社長の発言とは到底、思えない」などという疑問の声だった。

映連の新年記者発表前に、KADOKAWAが角川歴彦被告の逮捕後、体制が変わったことを受けて、一部の映画の製作、配給から降りるという報道が一部でなされた。記者の耳にも複数の情報は入っていたが、関係各位が公開に向け、尽力しているとの話も聞いていたため、邪魔をしないよう、あえて報じて来なかった。夏野氏が記者発表で“映画仕分け発言”をしたことを受けて報じ、その後、KADOKAWA映画に絡んだ当事者含め、映画及び芸能界の関係者と話をした中で幾つか、意見の一致を見た点がある。

<1>企画段階で製作会社、配給、製作委員会にはねられることは、ままあるが、完成もしくは撮影が終わり、編集など製作が大詰めになった段階の映画を仕分けするなど、あり得ない。

<2>公開前に出演俳優が逮捕・起訴されたり、トラブルを起こすなどして、製作委員会から複数の社が降りたケースはある。ただ今回、不祥事を起こしたのは前会長が逮捕・起訴されたKADOKAWAであり、同社が体制変更前に社として製作、配給を決定した作品に、公開に甚大な影響を及ぼすような重大な瑕疵(かし)でもない限り、体制変更による方向転換を理由に、仕分けと称して急に手を引くのは、おかしいのではないか?

<3>企画として固まっていない、もしくは動き出していないなど極めて初期段階の企画が、体制の変更で流れたのなら、まだ分かる。それが1度、会社の判断として進めると決め、動かして一定の段階まで進んでいた企画から降りるなど、企業として、ありなのか?

記者は、KADOKAWAで映画に携わる社員が、夏野氏の“映画仕分け発言”に心を痛めてはいないか、気がかりでならない。映画を愛し、KADOKAWA映画の看板の下、良質な映画を世の中に届けたいと尽力してきた社員は、トップの発言を聞いて、どう思っているのだろうか…と。

少なくとも20~30人はいたであろう、新年記者発表を取材した記者の中で、記者を含めた2人は夏野氏に発言の真意を問う質問をした。そうした一連の流れからの報道に、映画業界から疑問の声が出ている。夏野氏とKADOKAWAは、きちんと説明する場、機会を改めて持つべきではないだろうか?【村上幸将】