俳優生田斗真(39)が26日放送の日本テレビ系「おしゃれクリップ」(日曜午後10時)に出演。かつて所属した事務所の戦友、山下智久(39)から音声メッセージが届いた。

ともに11歳で芸能界入りし、そして共に独立。その山下からサプライズで音声メッセージが、とうとうと読み上げられた。

その中で初めてのケンカが12歳ぐらいだと判明。ライブの衣装のシャツのボタンを上から何個目まで開けるかなどでもめたという。

生田は「山下と僕は対になってるシンメ(シンメトリー)っていう立ち位置だった。僕はわりと衣装は同じだけど、ボタンの1個開けるか2個開けるかをちゃんと合わせた方がいいんじゃなのと。シンメなんだからっていうスタンスだったんですけど」と振り返った。

だが「当時の山下はやんちゃだったし、反抗期だったから。『俺は全部開けるよ』『ここは1個でいこうぜ』『俺は全部だ!』ってケンカしたり」と語った。

 

▼山下の音声メッセージ

「斗真、ふざけんなよ!って、初めてケンカしたのはたぶん12歳ぐらいだったかな。それまでは1つ先輩の斗真に敬語だったと思います。それから月日は経ち、お互いの人生の3分の2を共に切磋琢磨(せっさたくま)してこられたことを感謝してるし、奇跡だと思ってます。

少年時代、ライブの衣装のシャツのボタンを上から何個目まで開けるか、靴の色は白にするのか、黒にするのか。細かいことで沢山ケンカした日々ですね。

よりよくするにはどうすればいいか、そのための摩擦だったと思います。少年時間、全てがまっさらの時、本気で向き合えたからこそ、今の関係があるんだと思います。

心から偽りのない自分をさらけ出して、向き合える友人に出会えたことはかけがえのない財産だと思っています。

数え切れないぐらい思い出はあるけど、中でも記憶に残っているのは、急きょ京都で公演中の舞台に代役で1日6公演することになり、前日に寝ないで振り付けを教えてくれたことを、本当に本当に感謝しています。本番を終えた後、へとへとだったけど、あの時の達成感は格別だったこともはっきり覚えています。

そして音楽事業をメインに活動していた会社で俳優1本という新しい道を確立した男、友人としてリスペクトしています。

まだまだこれから切磋琢磨して上を目指していきましょう。

では、また近々。山下智久」。