田中泯(80)が「国宝」(李相日監督)で、日刊スポーツ映画大賞で初受賞となる助演男優賞を受賞した。選考会でも、受賞の最大の決め手になった「存在感」は俳優・田中泯を評するのに、欠かせないワードだろう。田中は受賞を受けての取材の中で「存在感」について「ばか正直な人たちこそが作っているもの」などと持論を展開した。

田中は「国宝」で、当代随一の女形で人間国宝の歌舞伎役者・小野川万菊を演じた。主演の吉沢亮(31)が演じた、任侠(にんきょう)の家に生まれながら抗争で父を亡くし上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎(渡辺謙)に引き取られた立花喜久雄を見つめ続ける役どころだ。

ダンサーである田中は、役作りにおいて、そのアプローチは正業の俳優とは根本的に異なる。まず、演じるキャラクターの体が、どんな風に存在しているか、から考える。万菊を演じるに当たっては「座っている姿勢とか、いっぱいある普段の自分のクセを抑えて(万菊が)相手に向かって、どう首を動かすか。踊りによって、首の動かし方はずいぶん違う。苦労した」と振り返った。そうやって、演じる役の体のあり方を構築した上で、せりふに取りかかる。

田中が持つ存在感を、日本映画黄金時代の名優・笠智衆さんと比肩すると評価する人物がいる。02年の映画「たそがれ清兵衛」で田中を起用して俳優デビューに導き、翌03年の日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞へと一躍、飛躍させた山田洋次監督(94)だ。

山田監督は、25年10月30日に東京国際映画祭で「国宝」の李相日監督(51)と対談。同監督が「喜久男の舞いを見届けるだけの、まなざしですね。違うシーンを見ていると違うものになる」と田中の演技を評すると「やっぱり専門家なんだよ。だから、そういうまなざしになるんだね」と返した。そして「笠さんのような役者は、笠さんしかいない。大事なのは芝居じゃなくて、そこにいるだけでいい、存在そのものなんですと言いたくなる。それに近づける人が、田中泯。そこにいるだけでいい」と、田中を絶賛した。

受賞を受けた取材の中で、山田監督と李監督との対談について話を向けると、田中は「僕は、散々(山田監督から)下手だと言われているから全然、いいですよ」と笑った。その上で「若い俳優さんたちは、笠智衆を、もう知らない世代になっていますから。僕の目の前で『あなたたち、笠智衆を知らないでしょ? 泯さんは今の笠智衆だから』と言ってくれた。ありがたかった」と、実際に山田監督から笠さんと並び称せられたと振り返った。「たそがれ清兵衛」の撮影中は、山田監督から「1度も直されなかった」としつつ、完成披露試写会の際に「あそこのシーンは、もうちょっと、声が大きかったら良かったね」と言われたと振り返った。「本当に恩人です。僕は何も知らないで、やっていたわけですから」と感謝した。

そして、自身の評価につながった「存在感」について持論を展開した。

「存在感というのは、僕がビービー、ビービー発信しているわけじゃなくて、必死にそこにいるわけですよね。存在感を見せる方法なんて、1つもないです。誰にも教えられないです。強めるメソッドがあるかと言ったら、ないです。『100%、200%、力を出して』なんて言っているけど…100%、やっていないのを知っているのは、あなたであり、私だけ」

さらに「エキストラの人が場面を、そっと横切っていくのを、いなかったことにしているのは観客と、その人を使っているスタッフ。それは変わって欲しい。監督でもエキストラに全く目がいかない人もいる」とも訴えた。その上で「僕が踊った場所は、もうエキストラさんがいっぱいだった。すごかった」と「国宝」の撮影を顧みて絶賛。「存在感という言葉は、存在を感じたこと。それは人間、その人のハートに届くこと。特殊な人ではなくて、ばか正直な人たちこそが作っているものだと、僕は思います」という言葉で締めた。【村上幸将】

◆田中泯(たなか・みん)1945年(昭20)3月10日、東京生まれ。64年東京五輪の芸術イベントで初舞台を踏み、65年に東京教育大(現筑波大)を中退し66年にソロダンス活動開始。74年には芸術になる前の踊りを探ろうと体毛をそり、局部を布で巻く裸体舞踊で独自の活動を始めた。02年「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)で映画デビューし、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞。