歴史的な一戦の裏側に迫る「G1ヒストリア」。第7回は「牡牝3冠馬対決」が注目された12年のジャパンCを振り返る。3冠牝馬ジェンティルドンナは、3冠牡馬オルフェーヴルと壮絶なたたき合いを演じ、長い審議の末に鼻差の勝利を収めた。担当厩務員として愛馬を支え続けた日迫真吾厩務員(59、現調教助手)が、当時を振り返った。

12年、オルフェーヴル(左)を鼻差で抑え、ジャパンカップを制したジェンティルドンナ
12年、オルフェーヴル(左)を鼻差で抑え、ジャパンカップを制したジェンティルドンナ

ゴール後、岩田康騎手の顔がいつもと違った。あの不安そうな表情は何なのか-。そう思った記憶はある。ゲートへ同行し、レースはスタンドで見られなかった。勝ったとは思ったが、何が起こったのかは分からなかった。リプレーを見ると、愛馬ジェンティルドンナは激しくオルフェーヴルとぶつかっている。11万大観衆とともに、日迫厩務員は約20分の審議を待った。

ビートブラックが逃げ、ジェンティルは3番手。後ろには凱旋門賞馬ソレミアがいた。オルフェは直線入り口で好位の外。忘れられない直線が始まった。内ジェンティル、外オルフェ。トーセンジョーダンをかわし、逃げ馬は射程圏。進路は内か、外か。外を選択し馬体がぶつかった。「降着なら降着で仕方ないと思った。力を出し切った満足感はあった。2着でも悔いは残ってない」。結果は鼻差1着で確定。3歳牝馬が、1つ年上の3冠牡馬オルフェーヴルを下した。

名牝ジェンティルドンナの子ジェラルディーナと、母子ともに担当する日迫真吾さん(20年12月撮影)
名牝ジェンティルドンナの子ジェラルディーナと、母子ともに担当する日迫真吾さん(20年12月撮影)

「普通の牝馬はぶつかったらひるむけど、あの子はひるまなかった。男以上に男勝り。気持ちの強い馬だった」。その前走・秋華賞で牝馬3冠を達成。次戦の選択肢にエリザベス女王杯は全くなかったという。「先生(石坂正元調教師)にJCへ行こうって言われて、いいですよって答えた。全然、牡馬とやれる馬だと思っていた」。調教師も厩務員も“牝馬4冠”より牡馬、世界との対決に魅力を感じた。「勝ったら海外に行こうという青写真はあった」。翌13年はJC連覇。14年には2度目の挑戦でドバイシーマCを制した。

ジェンティルは勝った翌週、日迫厩務員に「どう?」と言わんばかりの“ドヤ顔”をしたという。馬自身は勝利したかどうかは分からない。人間が喜んでいるのを見て、うれしそうにしていた。「気が強くて究極のツンデレ。頭のいい馬だったんでしょうね」。

愛馬は繁殖馬として第2の馬生を送っている。同厩務員は現在、平田厩舎の調教助手だが、石坂正厩舎時代にはジェンティルの子も担当した。その1頭、ジェラルディーナ(牝4、斉藤崇)はエリザベス女王杯を優勝。「娘がG1を勝った。そりゃあうれしいよ。縁があればまた子どもをやってみたい」。子どもたちがきっと、また名勝負を見せてくれる。【網孝広】

 
 

◆ジェンティルドンナ 2009年(平21)2月20日、ノーザンファーム(北海道安平町)で生まれる。父ディープインパクト、母ドナブリーニ(母父バートリーニ)。馬主は(有)サンデーレーシング。栗東・石坂正厩舎所属。通算成績19戦10勝(うち海外2戦1勝)。G1は12年牝馬3冠、12、13年ジャパンC、14年ドバイシーマC、有馬記念の7勝。12、14年の年度代表馬に選出された。総収得賞金は17億2603万400円(うち海外3億9982万400円)。