ヤクルト川端慎吾内野手(37)が27日、都内で会見し、現役引退を表明した。この日の広島戦(神宮)では今季1軍初昇格し、7回に代打で通算1100安打目となる右翼線二塁打を放った。15年に195安打の打率3割3分6厘をマークし、最多安打と首位打者の2冠を獲得。度重なる故障を乗り越えながら、20年間の現役生活を完全燃焼した。引退試合は来年3月に実施される予定。球団はコーチのポストを用意し、今後は指導者への道を歩むとみられる。
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川端が涙ながらに重い決断に至った胸中を語った。会見で引退を報告すると「すぐ泣いてしまうかもしれないですが、よろしくお願いします」と続けた。心中を1つずつ言葉にするたび、格別な20年間が頭を巡る。どんどん目頭が熱くなった。ともに松山で自主トレを行った中村悠、山田らがサプライズ登場すると一気に視界がゆがんだ。「やめてよ」と号泣した。
引退会見から8時間後。神宮の左打席に立った。7回2死、代打で登場。鈴木から右翼線への二塁打を決めた。「初めて楽しみながら打席に入った。忘れられない1本。懐かしいな。よく打っていたライト線だな」とかみしめながら走った。二塁ベース上で白い歯をのぞかせた。ベンチに戻ると、仲間から総出で迎えられた。泣いていた村上の姿に、もらい泣きしそうになった。
スタンドからは敵も味方もない「川端慎吾コール」の大合唱が響いた。試合後も何度も鳴り響いた。「あの声援が一番泣いちゃいます。大きければ大きいほど涙が止まらない。またやりたくなっちゃいますよね」と瞳を潤ませた。
9月10日から引き際の自問自答を重ねた。どれだけ悩んでも、時間が足りない気がした。体は元気で故障はない。正直、いつまでも野球を続けたかった。ただ「明らかに飛距離も飛ばなくなってきて、衰えを自分でも隠し切れないと感じてはいた。情けないなと思いながら打撃練習をしていた」のも事実だった。若手の成長を感じつつ、約10日間、悩み抜いた。「この辺で身を引くのがベストじゃないか」と区切りとする決断に至った。
「天才」と称されるバットコントロールは、練習と準備に裏打ちされる。ベテランとなっても練習場に早く訪れ、体と向き合う。今季の2軍戦でも、DH出場時は味方の守備中もベンチ前でスイングを重ねた。20年の腰の手術を乗り越え、21年は82打数30安打と代打打率3割6分6厘をマーク。3勝2敗で迎えたオリックスとの日本シリーズ第6戦では延長12回に日本一に導く決勝適時打を放った。「勝負強さって本当に練習。たくさんの練習を自信にして、あとは腹くくって打席入るだけ。練習が自信をつけさせてくれた」。努力の天才だから代打の神様と呼ばれた。
球団はコーチ就任を打診する。川端は「僕は野球しかやってきていないので、何とか野球に携わっていければいい」と新しいステージに進む。ツバメを勝利に導いてきた背番号5。その経験と技術を未来に還元していく。【上田悠太】
▽ヤクルト高津監督 本当に彼に頼り切った監督生活だった。何かあったら川端と名前を呼んでおけばいいという感じで、何度も救ってもらった。難しい決断だったと思うが、敬意を表したい。
▽ヤクルト石川 一緒に頑張ってきて、思い入れが強いのでさみしい。慎吾は背中で引っ張るタイプで、とにかく優しい。2015年の優勝したシーズンが思い出深い。慎吾がチームの中心として引っ張ってくれて、自分も引っ張られた。
▽ヤクルト山田 1年目からお世話になり、めちゃくちゃきつい練習を一緒にやってきた大好きな先輩。練習量がすごく、そういう姿を見て、プロはこれだけやって当たり前なんだというのを感じていた。
▽ヤクルト村上 8年間一緒にやらせてもらいましたが、野球に取り組む姿勢だったり、後輩への気遣いだったり、ほんとに大きな背中を見せていただきました。ほんとにチームにとって大きな存在でした。



