今年一番の話題作「ジョーカー」の公開を10月4日に控え、ロサンゼルス(LA)が何やら警戒態勢でざわついています。バットマンの宿敵であるDCコミックの人気悪役ジョーカーがなぜ誕生したのかを描いた本作は、孤独だが心優しい男がジョーカーになるまでの知られざる誕生秘話を描いた作品ですが、狂気に満ちた悪のカリスマの性格描写を巡って暴力行為を誘発する恐れがあると懸念が広がっているのです。万が一の事態に備え、ロサンゼルス市警察や米陸軍が警戒態勢を強化し、一部の映画館ではマスクやフェイスペイントなど上映中の仮装を禁止する措置を取るなど物々しい雰囲気になっています。

現時点で犯行予告や特定の脅威などはないとされる中、過剰とも言える対応の背景にあるのは、2012年に公開されたクリストファー・ノーラン監督のバットマンを原作とした実写映画「ダークナイト ライジング」の上映中にコロラド州オーロラの映画館で12人が死亡し、70人以上が負傷する銃乱射事件が起こったことにあります。犯人は髪を赤く染めてジョーカーを彷彿させる佇まいで犯行に及び、自らをジョーカーだと名乗っていたことなども世間を不安に駆り立てる要因になっています。事件の犠牲者遺族ら5人は、「ジョーカー」の公開を前にハリウッドの業界誌で「ワーナー・ブラザースが、ジョーカーを共感できる背景を持つ人物として描いていることに戸惑いを感じている」と書簡を公開し、銃規制が進まない社会でこの作品が公開されることへの懸念を示しています。

配給するワーナー・ブラサーズは「ジョーカーをヒーローとして描いていない」とコメントし、現実社会での暴力を支持するものではないと釈明していますが、公開が近づくにつれて注目度が上がっていることから「過剰に恐怖が高まっている」との懸念を示し、プレミア上映会やマスコミ試写会でも厳戒態勢を敷いています。先月末にハリウッドで行われたプレミア上映会ではテレビや新聞・雑誌など全ての記者の入場を禁止し、レッドカーペットは写真撮影を行うカメラマンのみという異例の対応を講じた他、マスコミ向け試写会でも出席者はゲストも含めて全員名前を事前に登録した上で身分証明書の提示を義務付ける異例の事態になっています。また、公開する映画館でも警備員の人数を増やすなど独自でセキュリティーの強化に努めるとしており、物々しい雰囲気の中での上映になることは間違いなさそうです。

CNNテレビなどでは、一般の検索エンジンでは見つからない「ダークウェブ」で公開劇場を狙った攻撃を示唆するような投稿もあると伝えていますが、ロサンゼルス市警察は、「映画の公開に関する社会的関心と歴史的重要性を把握しています。ロサンゼルス地域に明らかな脅威はありませんが、公開に合わせて映画館周辺の警備を強化する予定です。皆さんには週末も出かけて余暇を楽しんでもらうことを推奨しますが、注意を怠ることなく、自身の周囲には常に気を付けて行動して下さい」と声明を発表。過剰反応せずに普段通りに行動するよう市民に呼び掛けています。

「ジョーカー」はベネチア国際映画祭で最高賞となる金獅子賞を受賞し、来年のアカデミー賞候補入りは間違いないと言われていますが、批評家の間では「現実の世界への影響が懸念される」と声も多く出ています。銃乱射事件が後を絶たないアメリカの現状が、1本の映画を巡ってここまで深刻な事態を引き起こしていると考えると恐ろしさを感じますが、トッド・フィリップス監督は「愛情の欠如や子供時代のトラウマ、思いやりの欠如がテーマ」と語っており、多くの人が色眼鏡なしに純粋に映画を楽しめることを願うばかりです。