映画プロデューサーで映画監督の奥山和由氏(70)が26日、X(旧ツイッター)を更新。自身が製作を手がけた、北野武監督のデビュー作「その男、凶暴につき」(89年公開)にまつわる一部の誤った情報を訂正した。

奥山氏は「『その男、凶暴につき』の北野武の監督誕生が深作欣二監督のスケジュール都合で降りた事による偶然、という記事を見た」と言及し、「全く違う!」と否定。「深作欣二という人は自分のスケジュールで降りるような人ではない。深作欣二、また野沢尚、佐々木原保の名誉の為にも、また日本映画史の為にも事実詳細を明確にしたい」と書き出した。

「『その男、凶暴につき』という映画誕生の原点、同時に北野武監督誕生の原点は、その数年前『旅人たちの南十字星』という保険金詐欺事件を扱ったノンフィクション小説の映画化を深作欣二監督に依頼したところまで遡る」という。その後の経緯は紆余(うよ)曲折があり「いずれ全てをキチンと纏めて書くつもりだが、分厚い一冊の本になってしまうと思う」とし「まずはこれだけ、深作欣二監督は降りたのではない、私が降りてもらったのだ」と明かした。

深作監督か北野監督のどちらを起用するかにあたっては、二晩ほぼ寝ずに話し合ったという。「テーマは本番前のテストの回数。その問題は既に何週にも渡って悩みだった。たけしさんはあくまでも本番一回。監督はテストを10回はやると。双方の主張の根拠は話せば最も。究極の二者択一となった」と振り返った。

話し合いの末、深作監督から「僕からは降りるとは言えない。こんなに長く引きずった企画だ。決めた俳優たちにもスタッフにも申し訳ない。でも両立しないことはわかった。君が選んでくれ。そしてもし、たけしを選ぶなら、君が僕に降りろと言ってくれ。良く考えて結論を出してくれ」と言われたことを明かし、「深作欣二監督から交代した理由はスタッフ全員が明確に知っていた。監督のスケジュール都合ということなど誰も思わなかった。深作監督の映画に対する姿勢としてあり得ない」と強調。「ただ『その男、凶暴につき』制作発表段階では北野武初監督作品、ひたすら北野武の暴力描写のセンスと才能に前向きに賭けた」とつづった。