23日、東京都内で「デュアルキャリアセミナー」が行われた。公益財団法人東京都スポーツ文化事業団の主催で、シンポジウム(公開討論)形式で行われた。

デュアルキャリアという言葉を聞き慣れない方もいると思うが、「長い人生の一部である競技生活の始まりから終わりまでを、学業や仕事、その他人生それぞれの段階で占める重要な出来事やそれに伴う欲求とうまく組み合わせていくこと」(2012 EU Guideline on Dual Career of Athleteより JSC訳)と定義されている。


デュアルキャリアセミナーの登壇者。左から小池岳太氏、伊藤華英氏、田中ウルヴェ京氏、野口順子氏、朝原宣治氏
デュアルキャリアセミナーの登壇者。左から小池岳太氏、伊藤華英氏、田中ウルヴェ京氏、野口順子氏、朝原宣治氏

私はパネリストとして登壇した。

登壇者として、モデレーターの田中ウルヴェ京さん※(シンクロ銅メダリスト)、パネリストの朝原宣治さん(陸上400メートルリレー銀メダリスト)、小池岳太選手(パラアルペンスキー・パラサイクリング)、野口順子さん(独立行政法人日本スポーツ振興センター=JSC)とご一緒させていただいた。

JSCの野口さんからはデュアルキャリアの定義、他国と日本の違いなどを話していただいた。アスリートをサポートする範囲が広くなってきているとも話されていた。

何事も、概念つまりベースを知るということは、大事なことだなと感じる日々だ。

私自身、いろんなところでキャリアについての話を聞くが、アスリートのキャリアを考える専門家が海外にはいるという話を聞いて驚いた。それだけアスリートが社会に期待されているんだなと実感したし、つまりスポーツの価値やアスリートの価値が、より高いということに少し焦りを覚えた。

プログラムの中で、田中ウルヴェ京さんとの特別対談があった。これまでも自分の競技人生を振り返る機会は何度もあったが、今回の時間が一番深く考えさせられたと感じた。

引退後の人生はとても大事だ。スポーツ界において、引退後のアスリートが重要であるべきと、なんとなく感じていた。まずは自分が頑張る! そう思ってきたのだが、ここまでやっていたつもりの感情のコントロールは、浅い範囲でしかなかったのだと気付いた。たった30分の対談だったのに。

私は引退して今年で7年目。本当に濃いセカンドキャリアを歩んでいると思う。大学院も修士、博士と卒業し、スポーツの運営側にも立てている。また演者としてもスポーツに関われている。もちろん、けっして1人でできることではなく、たくさんの方に支えられて可能となっている。


セミナーに参加した、左から伊藤華英氏、田中ウルヴェ京氏、朝原宣治氏
セミナーに参加した、左から伊藤華英氏、田中ウルヴェ京氏、朝原宣治氏

実は、田中ウルヴェ京さんには、私が現役時代にメンタルトレーナーをしていただいていた。「水」つながりでもあったし、私にとって京さんはなんというか、プラグを差しに行くような人になっていった。つまり、充電という表現が的確かどうか分からないが、トレーニングを受けるとエナジーがチャージされて、自分の弱いダサい部分も受け入れられるようになった。初めての感覚だった。

当時は周囲に例がなくても、「オリンピックに出るためなら何でもやろう!」という気持ちで受けていたメンタルトレーニングだが、今は多くのトップアスリートがその必要性を感じて受けている。

その出会いから10年以上。関係性は変化していくが、変わらず尊敬する人だ。

対談の中で「いつごろからデュアルキャリアを考えましたか? どんな認識でしたか?」こんな質問が繰り返された。思い出すものがたくさんあった。

現役時代はどうしても、メダルを取れなかったら失敗、頑張ったことなんて意味ない!と思っていた。当時の私には正解の言葉だったし、そうでなければアスリートとしてのモチベーションはどこにあるの?という話になる。

引退して時間がたち、今思うのは、「頑張った」ことを認めていく必要があるということ。京さんと対談して「私は頑張れていたんだ」と思えたことがとてもうれしかったし、そこには本当に感謝しかない。

私は幸いにも「全部やり切った!」と思えて引退できた。それは、きっとプラグを差しにいく人がいたから。誰にも話せず、問題を抱えていたら、今はない。

これから先、輝くアスリートが増えるために、また多くのアスリートがハッピーに次のスタートを切れるように、サポートしていきたいと改めて思った。

京さんありがとうございました!

登壇した皆さん、主催者の皆さん、素晴らしい機会をありがとうございました。(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)

※田中ウルヴェ京(みやこ) 1988年ソウル五輪シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)代表。小谷実可子と組んだデュエットで銅メダル獲得。国際オリンピック委員会(IOC)認定アスリートキャリアプログラムトレーナー。トップアスリートのメンタルトレーニングを手掛ける。