「日本人は車がきていなくても、赤信号で立ち止まる」。02年W杯日韓大会で日本代表監督を務めたトルシエ氏は、折に触れてこの話をした。ゴールを奪うには戦術を超えた個人の判断が不可欠。パスは回せても点を取れない選手たちに対して、決まり事は守るが、自らの判断で動くことが苦手な日本人の特性について事例を挙げて、意識改革を訴えた。

 ベルギーから日本が2点を先取した時、このエピソードを思い出した。臨機応変な判断で強国からゴールを奪ったからだ。原口の激走に瞬時に反応した柴崎の矢のような縦パス。香川の見事なボールさばきが演出した、乾の迷いなきシュート。先発11人中海外組10人。層の厚い欧州では練習から自らをアピールしなければ試合に出られない。その苛酷な環境が彼らをたくましく成長させたのだろう。

 結果は02年大会と同じ16強止まりだが、中身はまるで違う。トルシエ氏は1次リーグ突破後「使命は果たした。ここから先はボーナス」と語った。チームにもどこか達成感が漂い、トルコ戦は精彩を欠いて0-1で敗退した。今大会はさらに上に目標を定め、はるか格上に骨のきしむような戦いを挑み、8強に肉薄したのだ。16年間の成長をはっきりと示した。

 開幕前の予想を覆す健闘だった。だが、世界は2点差をひっくり返す分厚い底力があった。ベルギーは02年大会の初戦で対戦して引き分けた相手。進歩しているのは日本だけではない。「何か足りないんでしょう」。試合後の西野監督のコメントは本音だろう。世界に近づいたが、まだまだ世界は広い。その何かを探すことが、次の4年間の宿題になった。

 監督交代から3カ月。西野ジャパンの挑戦はまるでジェットコースターに乗っているようだった。課題の山を乗り越えると一気に加速した。短期間でチームはこんなにも覚醒できるのだと驚いた。そして、逆境や風雪が人を強くするのだということも、あらためて学んだ。8強への道はなお険しい。それでも確かな足場は築いた。【首藤正徳】