ラグビーリーグワン1部「静岡ブルーレヴズ」運営会社トップの山谷拓志氏(52)が社長に就任し、1年半がたった。チームは新リーグ発足に合わせ、旧ヤマハ発動機から業界初のプロクラブ化。活動テーマの1つに「オール静岡」を掲げ、2シーズン目の今季もさまざまな活動を展開している。ラグビー界に新風を吹き込み、クラブをけん引する山谷氏が、これまでとこれからなどを語った。

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バスケットボール現B1の宇都宮と茨城を成功に導き、2021年7月にチームの誘いを受けて静岡ブルーレヴズの社長に就いた。

山谷氏 母体のヤマハ発動機が、ラグビー界でどこもやったことがないことをやるという強い意志を持って、独立分社化の決断をした。実質的に業界初。新チーム名から企業名を外す英断に共感した。今では大正解だったと思う。

社員の売り上げや集客などに対する意識が劇的に変わった。スポンサーの反応も良く、「オール静岡」に共感してもらえた。

山谷氏 県全体で応援するスポーツチームがなかった。ドンピシャだった。企業名が残っていたらダメだったと思う。ラグビーを応援したいと思っている方々が本当に多い。19年ワールドカップ(W杯)の影響も大きい。袋井市エコパスタジアムで日本がアイルランドに勝った「静岡ショック」をみなさんが誇りに思っている。オール静岡のチームとして、ものすごく可能性を感じている。

昨季はリーグ戦を静岡市のIAIスタジアム日本平でも行った。

山谷氏 大きな意味があった。「日本平だったら見に行くよ」と言ってもらえた。今オフには練習試合ながら、草薙でも試合をやった。リーグ戦の試合数が増えれば、中部地区でもっと多くやりたい。

一方で危惧していることもある。

山谷氏 リーグ戦の試合数が少ない。収益などの可能性を感じるだけにもどかしく、もったいない。それ以上に、将来の選手人口を考えると危機的な状況。高校生でいえば今後、冬の花園大会に代表が出てこられない県や、県予選を決勝戦しかできない県が増えていくと思う。有能な選手が減っていくことは、私たちとして死活問題だ。

解決策は、ユースチームや大学に通いながらプロになれるサテライトチームなどを作ることだという。

山谷氏 プロチームや地域が選手を育成する仕組みを作らないと、本当にまずい。我々が先がけてやれないか考えている。我々のチームでは50人いる選手の中で、15人ほどはシーズン中にリーグ戦へ1度も出場できない。もったいない。そういう選手が試合を行える場があっていいと思う。

常に何かを変えたいと思っている。発案力や行動力には目を見張るものがある。アイデアの玉手箱のようだ。先月行った浜松でのファンミーティングでは、妄想としつつ「浜松にラグビーのできるスタジアムを」と持論を展開した。

山谷氏 妄想を構想にすれば、より具現化できる。構想を計画にすれば、それが実現に近づく。「スポーツのまち・磐田市」ももっと盛り上げたい。できれば日本で最高のラグビー練習環境をつくりたい。練習拠点として選手に「この施設なら成長できそうだ」と思ってもらえたら。チームが使う時間以外は地域の方々やその他のスポーツで使ってもらっていい。例えば卓球やサッカーなど。アスリートとして成長できる最高の環境ができたら。病院やリハビリ施設まであったら最高だ。まだ妄想だけど。いいものがそろっていたら、おのずといい選手が集まる。いつか形にしたい。

チームには早期のリーグ優勝を望む。

山谷氏 早く存在感あるクラブになるべき。早い段階で日本一のタイトルを取る。継続的に強いチームにする。日本代表をたくさん輩出する。それが集客や人気につながる。格上のチームになりたいが、まだその域に達していない。またそこで終わりではなく、地域を喜ばせたい。タイトルを取って誇りに思ってもらい、集客やビジネスもスケールアップしたい。その循環が大切。10年後には売上高で世界NO・1を争うクラブにしたい。ラグビーで感動や興奮を生み出すことが私たちの使命。強くて愛されるチームを作るのが目指すところで、私自身のミッション。それをこの地で必ずなし遂げたい。【取材・構成 倉橋徹也】

◆山谷拓志(やまや・たかし)1970年(昭45)6月24日、東京都昭島市生まれ。慶応高-慶大。93年リクルート入社。高校からアメリカンフットボールを始め、社会人リクルートシーガルズ(現・オービックシーガルズ)で96年と98年に日本選手権優勝。07年宇都宮ブレックス運営会社社長に就任。09年度JBL優勝。3期連続の黒字を達成。14年に経営難の茨城ロボッツ運営会社社長に。16年B2リーグ参入。20-21季、リーグ準優勝とB1昇格を決めた。21年7月から現職。家族は妻と長女。血液型A。座右の銘は「『できるか、できないか』ではなく『やるか、やらないか』」。