不運も笑い飛ばせる高橋大輔のおおらかさ 「かなだい」3季目の挑戦を明るく照らす

高橋大輔が、アイスダンスに転向して3季目を迎えている。今年2月の北京五輪は逃したが、村元哉中とのカップルで新シーズンをスタート。しなやかに新しいものに挑戦していく姿は、周りを明るくする。高橋のおおらかな性格を、垣間見たあの騒動について振り返る。

フィギュア

益田一弘

〈ソチ五輪「あの騒動」への神対応を振り返る〉

ソチ五輪男子SPで華麗に演技する高橋大輔

ソチ五輪男子SPで華麗に演技する高橋大輔

五輪直前、最悪のタイミング

「なに、これ?」

タブレット端末の文字に、目が吸い寄せられた。

2014年2月5日、ロシア・ソチ。メインプレスセンターからメディア専用バスに乗り込んだ直後だった。いつもの習慣として、その日何度目かのニュースチェックをしていた。

「佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏のゴーストライターが告白」

ただごとではなかった。衝撃に頭がくらくらした。

高橋は、ソチ五輪のショートプログラム曲に「ヴァイオリンのためのソナチネ」を使用していた。

その曲を作ったのが佐村河内氏。「現代のベートーベン」と称される全聾(ろう)の人気作曲家だった。

そのニュースは、高橋のSP曲を含めて、全くの別人が曲を作っていたことを伝えていた。

18年前から佐村河内氏のゴーストライターをしていた新垣隆氏が事実を告白して、ざんげしていた。

ソチ五輪の開会式は、翌日だった。

最悪のタイミングだった。

高橋は3度目の五輪を「集大成」と位置づけていた。3カ月前のNHK杯では「ヴァイオリンのためのソナチネ」で、当時のSP日本歴代最高点をマーク。ソチ五輪で金メダルをとる羽生結弦を上回るスコアを出していた。つり橋を渡っているような不調和な旋律、そして最後に希望が差すような曲を気に入っていた。

自信を持って演じるはずのSP曲に、まさかのけちがついた。

作曲者が別人だったなんて誰も思わない。

高橋の反応は、取材者として必須のものになった。

本人はNHK杯後に右膝を負傷していた。大会直前の1月下旬からロシアで最終調整を行っており、まだソチ入りしていなかった。

日本の報道はどんどんヒートアップした。次々と発覚する新事実を、ワイドショーや新聞が連日、報じた。

遠く離れたソチにいても、報道の量、デスクとの電話のやりとりで、尋常ではない騒動になっていることはわかるほどだった。

ソチ五輪の公式練習でモロゾフコーチ(右)と話す高橋大輔

ソチ五輪の公式練習でモロゾフコーチ(右)と話す高橋大輔

「この曲を選んだのは、この楽曲がいいからなので」

騒動発覚から4日後の2月9日、高橋がソチ入りすることになった。

当然、多くの報道陣が詰めかけた。

高橋はいったいどんな反応を見せるのか?

記者は、ソチの空港で高橋を出迎えにきていたマネジャーを見つけた。正直、気が重かった。

「皆さん、すごく集まってますね」

「そうですね」

「大輔に、どんなことを聞きたい感じですか」

「やっぱり、あれを聞かざるをえないですね」

「そうですよね」

「いい話じゃなくて申し訳ないですが…」

「いえいえ、皆さんも仕事ですもんね。もう、本人も聞かれることは覚悟してますから」

「そうですか」

「聞く時はスパッと聞いて下さい。回りくどい聞き方ではなくストレートに」

「では遠慮なくスパッと聞きます」

日本代表の公式ユニホームを着た高橋は、空港の中庭で壁際に立った。ずらりと報道陣が囲んでいた。

まずは右膝の状態、そしてロシアでの調整について質問が飛んだ。記者はひと通り質問が終わったところを見計らって、思い切って口を開いた。

「SPの…」

「へ、へ、へ」

高橋は質問が終わる前に、右手人さし指で鼻の下をこすり、苦笑いして言った。

「正直、びっくりしかしてない。ただこの曲を選んだのは、背景を知らずにこの楽曲がいいからなので。作った人が誰であろうと、すばらしい曲だと思うので。それを表現することを考えてやります」

騒動を笑い飛ばした。

ソチ五輪SPの演技を終え、花束を受け取る高橋大輔

ソチ五輪SPの演技を終え、花束を受け取る高橋大輔

張り詰めた空気が一気に和む

そして続けた。

「曲が素晴らしい。そしてその後から(佐村河内氏の存在を)知ったので。(動揺は)全然ですけど、でも勘弁してくれ、というのはあったんですけど。まあ、いろんな話(問題)は誰かが解決してくれれば」。

まるでひとごとのような、ふんわりとした笑顔と口調。その場の張り詰めていた空気が一気に和んだ。本人が笑い飛ばしたことで、ソチ五輪の現場では、ゴーストライターの話題が再び出ることはなかった。

高橋は右膝のケガもあって3度目の五輪で6位だった。

佐村河内騒動の影響を口にすれば、周囲は同情したかもしれないが、高橋はおくびにも出さなかった。

それは「言い訳はしたくない」という本人の潔さというよりも、本当に騒動に関してあまり気にしていなかったのだ、と感じる。

いま振り返れば、集大成の舞台を前に相当な「雑音」であり、騒動の規模は大炎上レベルだっただろう。

しかし高橋と佐村河内騒動の印象が薄いのは、本人のあっけらかんとした反応によるところが大きい。

高橋のおおらかさは、周囲を明るくする。それを強く感じたソチ五輪だった。