リオデジャネイロ・パラリンピックのパワーリフティング男子54キロ級代表、西崎哲男(40)が20年東京大会へ心機一転、スタートを切った。日本オリンピック委員会(JOC)の就職支援プロジェクト「アスナビ」を通じて14年11月に乃村工芸社(本社・東京)に入社。リオ後にサポート態勢がさらに強化された。社を挙げた応援を受け世界の厚く高い壁にチャレンジしていく。

●JOC就職支援プロジェクト「アスナビ」がつないだ

 40歳の誕生日の26日も、西崎は仲間に囲まれていた。東京本社に今月新設されたトレーニング室。コーチも務めるパワーリフティング部のメンバーとバーベルを差し上げる。部員のメニューを作り、アドバイスも送る。「まさか、こんな環境を与えていただけるとは」。今の境遇が信じられない。

 「アスナビ」を通じて入社したが、当初は不安や疑問ばかりだった。自宅のある大阪事業所勤務。社外のジムに通い、週2日しか出勤しない自分は社内で認知されているのか。コーチも不在。大会でも応援は数人だけだった。

 10カ月後の15年9月、転機が訪れた。名古屋での大会で記録は停滞した。「なぜ、こんな成績なの」。詰め寄ったのは視察した本社スポーツぶんか事業開発室・原山麻子室長(42)だった。「肩を故障していて」。社内の誰も知らない事実を語った西崎に、原山さんはリポート提出を命じる。「会社への要求をまとめて」。翌日、びっしりと文字で埋められたパソコン文書が原山さんに届く。

 大阪事業所にトレーニング室ができ、公式ベンチ台が用意された。週に1度上京して日本連盟コーチの指導を受け始めた。社員が競技を理解するためのイベントも開催された。西崎を応援しようという一体感が社内に広まった。昨春には一般社員参加の部活動が立ち上がり、原山さんが部長になった。

 西崎は今年から本社勤務、原山さんの部署に異動した。20年東京パラリンピックに関連する事業開発へ情報を集める仕事。来年の全日本実業団出場を目指す30人の部員のコーチ役も、西崎のプラスになればという支援の一環だ。

 リオでは3回の試技に失敗し順位もつかなかった。自己ベストの136キロに対し、金メダル記録は200キロ。それでも西崎は前を向く。「応援に感謝し、応えなければ」。JOC関係者が「アスナビの理想型」という会社の、仲間の応援がエネルギー。東京までに160キロを挙げるのが目標になる。【小堀泰男】

 ◆パラ・パワーリフティング パラリンピックでは下肢障がいの選手によってベンチプレスのみで行われる。障がいの程度によるクラス分けはなく、体重別に男子は49キロ級~107キロ超級、女子は41キロ級~86キロ超級の各10階級。試技は3回。パラの選手は健常者の大会に出場できる。

 ◆西崎哲男(にしざき・てつお)1977年(昭52)4月26日、奈良県天川村生まれ。同県立添上高時代はレスリング部。23歳の時に交通事故で脊髄を損傷して両脚が不自由に。車いす陸上400メートルで06年世界選手権に出場した。パラリンピック出場はかなわずに11年に引退。13年9月の20年東京五輪・パラリンピック開催決定を機にパワーリフティングで選手復帰した。14年度から全日本選手権3連覇中。165センチ。家族は夫人と1女。

 ◆乃村工芸社 商業施設、美術館・博物館などの展示施設、各種イベントの企画・デザイン・設計・施工を手がける大手ディスプレーデザイン会社。1892年(明25)に香川・高松で乃村泰資氏が芝居の大道具業を興したのが始まり。本社は東京都港区台場。渡辺勝会長、榎本修次社長。

 ◆アスナビ JOCが10年に始めた就職支援プロジェクトで「アスリートナビゲーション」の略。アスリートが競技に専念できる環境を整えるためJOCが企業との仲介役になる。企業側は引退後も社業に貢献できる人材を正社員や契約社員として採用する。JOCによると就職人数は現在まで104社151選手。