陸上男子110メートル障害で13秒06の日本記録を持つ泉谷駿介(21=順大)は「100分の3秒」に泣いた。泣いた。準決勝3組で13秒35の3着。突破すれば、日本勢として世界選手権も含め、初の同種目決勝進出の快挙だったが、届かなかった。

レースが終わると、電光掲示板を見つめた。心臓の鼓動が高鳴る。「入っているか、入っていないか」。自動的に決勝に進出する2着に入れなかったが、タイムによる決勝進出ライン13秒32を上回れば、突破できた。13秒35。わずかに足りなかった。「なんとも言えない気持ち。真っ白でした。あとちょっとのようで、まだまだ遠いな」。

6月の日本選手権では日本新記録であり、今季世界3番目となる13秒06をマークしていた。悔やまれるのは序盤。1、2台目のハードルのハードルを倒し、タイムをロスしていた。金メダル有力候補のホロウェイ(米国)が激走する姿を視界の左端に捉えていた。「落ち着いていこうと思ったが、横に見えてしまい、集中が切れてしまった部分がある。こういう結果になって悔しい」。真夏の厳しい暑さも集中に入ることを難しくした。

五輪で使われるハードルはイタリア・モンド社製。多くの国内大会で使用されているのは合成プラスチック製で、それは多少ぶつけても力で押し切れる。しかし、モンド社のものは違う。木製でより頑丈。ぶつけると、大きく減速するリスクがある。「モンドのハードルで当ててしまったのが痛かった」。国内大会なら2度倒しても、13秒32は出せていたかもしれない。ここにも世界基準の「壁」があった。

武相高(神奈川)では8種競技で全国高校総体を制し、順大入学後は3段跳び、走り幅跳びにも取り組んでいた。19年世界選手権110メートル障害代表となったが、直前の試合で右太もも裏肉離れし欠場。ただ、ドーハまで現地入りし、その景色を目に焼き付け、走れない悔しさを糧にした。今季は東京五輪へ向け、110メートル障害に専念。成長は急加速した。懸けていた思いが強かっただけに、「解放された気持ちもある」と言い、こう続けた。

「これからは陸上を楽しんでいこうと思います。1番はハードルをやりながら、跳躍種目、100メートルも出てみたい。息抜きを含めて、心から陸上を楽しんでいけるかな」

175センチとハードル選手としては小柄な体格を強靱(きょうじん)なバネで補う。その天性の身体能力は、大きな可能性を秘める。五輪で経験した悔しさも、競技を楽しむ気持ちも忘れず、世界レベルへの階段を上がっていく。【上田悠太】