ボクシング男子フライ級で初出場の田中亮明(27=岐阜・中京高教)が61年ぶりのメダルをつかんだ。準々決勝で、リオ五輪ライトフライ級銀メダルのマルティネスリバス(コロンビア)に4-1の判定で勝ち。3位決定戦がなく、銅メダル以上を決めた。同級日本勢では60年ローマ五輪で日本人初メダルの田辺清の銅以来となった。

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勝利の採点結果を聞くと、膝から崩れ落ちた。「本当は叫んでやろうと思ったんですけど、酸欠で…。心臓破裂しそうでした」。試合後は気分が悪くなり、車いすで医務室に運ばれた。

初回から飛ばした。「相手は気持ちが強かった。でも僕はもっと気持ちが強い」。正面から拳を交えた。初回は1-4で取られたが、2回以降は前進が弱まった相手の腹にボディーを打ち込み、酸素を切らせてまで打ち込み続け、逆転勝ちを呼び込んだ。

弟は、WBO世界ミニマム、ライトフライ、フライ級の3階級を制覇した恒成(26)。兄はプロには進まず、アマで五輪を目指し、その道は分かれていた。「自分が目立った成績出せてなくて、弟の七光で目立たせてもらっていた」。悔しさもあったが、五輪で勝つために動いた。

昨年、弟のトレーナーを務める父斉さんに、中学生以来の指導を受ける決断をした。久々に一緒に練習する弟は、助言を惜しまなかった。完成したのが、従来のカウンター派と違い、積極的に前に出る戦法。「自分から仕掛けて倒しにいきたい」とたぎっていた。

1回戦から3連続でリオ五輪メダリストを撃破した。64年東京大会の桜井孝雄、12年ロンドン大会の村田諒太に続く3人目の金メダルも見える。「僕の中では本当にメダルは気にしてない。どれだけ自分のかっこいい試合をできるか」。もう七光ではない。5日の準決勝ではパーラム(フィリピン)と対戦。「田中亮明」としての生きざまをリングに刻む。【阿部健吾】

○…ボクシング会場の国技館ではこの日の初戦だった田中の試合前に、大相撲の呼び出しが太鼓と拍子木をたたき、会場の盛り上げに一役買った。本場所開催時に流れる寄せ太鼓のリズムを披露した高砂部屋の利樹之丞は「無観客でも、メディアを通じて海外に相撲の文化を伝えられてうれしかった」と話した。

◆田中亮明(たなか・りょうめい)1993年(平5)10月13日、岐阜・多治見市生まれ。岐阜・中京高から駒大。国体4連覇。全日本選手権は15、16、19年に優勝。大学卒業後は中京高で社会科教諭。東京五輪は開催国枠で代表内定。170センチ。