穏やかな性格の素根輝が、高校時代に一度だけ激怒する出来事があった。19年1月。18年世界女王の朝比奈沙羅に代表争いでリードを許し、翌2月にGSパリ大会を控えていた。「ここで負けたら勝てない」。“練習の鬼”は、稽古にも力が入った。そんな時、同じ久留米市の田主丸(たぬしまる)中出身で1学年下のディビリア・ギルバートが乱取り中に一瞬力を抜いた。素根が投げた瞬間、手応えを感じなかった。

「自分から飛ぶな!! もう帰っていいから。練習やるな」

怒声が柔道場に響いた。南筑高で素根は稽古相手に苦労し、男子学生で177センチ、110キロのディビリアは唯一の稽古相手だった。180センチ以上が多い最重量級の世界の頂点に立つため、常に真剣勝負を求めていた。ディビリアは鬼気迫る表情の先輩からの一喝に思わず涙をこぼした。

日本人の父とフィリピン人の母を持つディビリアは、「3倍努力」を信条にする素根の稽古についていくので精いっぱい。組み手稽古では圧力で手首がやけどし、一部だけ毛が生えないこともあった。4分の乱取りを休憩なしで30本連続で行うなど「なんで自分だけ…」という葛藤もあった。しかし、そのひと言で目が覚めた。

「稽古から中途半端では勝てない。最高のお手本が目の前にいる。全てを吸収する」

改心し、稽古の向き合い方や取り組みが変わった。

ディビリアは昨春、富士大に進学した。2人は別の道を歩み、1つの約束をした。「五輪で優勝して初めて握手しよう」。ついに、その日がきた。【峯岸佑樹】