卓球女子団体で日本が銀メダルを獲得した裏には、補欠の早田ひな(21=日本生命)の存在があった。

早田は17年アジア選手権で伊藤美誠とダブルスを組んでから、親友になった。平野美宇を含めた2000年(平12)生まれの3人。伊藤が団体で銅メダルを獲得した16年リオ五輪後に台頭したのが平野だった。

「リオ後は、美誠自身もさらに強くなるためにラバーを変えたり、何か試行錯誤していると思った。ひらみう(平野美宇)が優勝した16年のW杯では、美誠が直接対戦しても1-4で負けていた。でも切磋琢磨(せっさたくま)があって、今の美誠の強さがあると思う。私が20年に全日本選手権で優勝できたのもそう。3人の誰かが結果を出すたびに、他の2人がまたまた強くなって結果を出していく。その繰り返しです」

コロナの影響で五輪が1年延期したが、伊藤との間に暗さはなかった。

「合宿とかでも卓球の話はしなかった。このマスクの柄がかわいいとか、この除菌アイテムがいいとか。喉の調子が良くなるから、これ使ってみてとか。とにかくお互いが毎日全力で練習できるための情報を共有し合ってきた」

今回、早田が補欠に入り、伊藤も心のよりどころにした。「心強い選手が入ってくれて、卓球の面だけでなく私生活の面でも何でも話できる。同い年で、すごくいい環境に私はいる」。

共通の趣味はおいしい物を食べに行くこと。しかし、コロナ禍ではそれもできないから「お取り寄せ」にハマった。

「伊藤久右衛門という京都のお店の『ゆめみどり』という抹茶ケーキ。美誠は抹茶も好きだし、チーズケーキも好きだから、一緒に食べたいと思い頼んでみた。そしたらどハマり(笑い)。その後、美誠は自分で注文して私の倍ぐらい買ってた(笑い)」

「美誠は伊藤久右衛門って言えないんですよ。『いとうきゅうじえもん』とか『いとうなんざえもん』とか。いつもボケまくりの2人です(笑い)」

「ボケ」と「ツッコミ」の役割分担はできているのか。

「どちらもボケです。ナチュラルにボケているのを美誠のお母さんや、私の石田コーチが聞いていて『何を言っているの?』と真剣に悩んで『まさかこのこと言ってる?』と正解が分かると、大爆笑になる。1日何回も。だから2人でずっといたら練習にならない」

早田が補欠メンバーに入り、緊張する地元の五輪で伊藤もリラックスできただろう。

「それはあると思う。美誠との笑いは自然に起きるものだから、自然に美誠のリラックス状態に私が持って行けると思う」

一方の平野とはどんな間柄なのだろうか。

「もともとおとなしい性格なので、美誠と私とは正反対。でも、ひらみうが好きな話題、例えばアイドルの話とかになるとスイッチが入ってめっちゃテンションが上がる」

パリ五輪は「花の2000年生まれ」が3人そろって出場する可能性もある。卓球界の黄金世代が三者三様、自らの役割を果たし、日本のメダル獲得に貢献した。【三須一紀】