<東京オリンピック(五輪):重量挙げ>◇24日◇女子49キロ級◇東京国際フォーラム

三宅宏実(いちご=35)が記録なしに終わり、3大会連続のメダル獲得を逃した。競技後には今大会限りで現役引退することをあらためて表明した。

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コロナ禍でメダルの価値も、五輪開催自体の意義も揺らぐ。リオ五輪では順位に応じて情報の大小が決まっていたが、今回も同じでいいのか。迷い続ける中で、1つの答えをもらったのは、ある三宅の思いの跡をたどってからだった。

18年12月、読者プレゼントで、選手の日用品などを提供してもらう企画があった。快諾してもらい、都内の喫茶店に品を持参してもらった。袋から出されたのは競技用のベルトだった。「これ、リオの試合で着けていたものなんですけど…」。返答に困った。企画趣旨は貴重品ではなく、日用品。登場したのは、リオでバーベルを抱く写真でも腰に付けていたベルト。丁重にお断りしようとすると、「いいんです。ちょうど東京へ向けて新調しようとしてたので」とほほえむ。「まだ使えると思うので、若い子が応募してきてくれたらうれしいですね」とも。希望者を募った。届いたはがきのうちの1枚は北海道から。競技に打ち込む当時中学校2年生、中川真優子さん。三宅とも相談し、送り先に決めた。

それから2年半。今、そのベルトは小6の妹智咲子さんが巻く。「三宅さんのように強くなれるよう、日々練習に励んでいます。三宅さん、オリンピック、頑張って下さい。心から応援しています」。五輪を心待ちにしていた。

逆風のまま、選手は競技に向き合う。当然、アスリートの本性は勝利を求めるが、メダル以外に価値はないのか。間違いなく、三宅がこの舞台で戦う姿は、順位にかかわらず、中川さんには一生に1度の瞬間をもたらす。

「勇気と希望」。すっかり空虚に響くフレーズが開催の理由として言いはやされたが、違和感がずっとあった。誰に? 何のために? ただ、このベルトのその後を知ると、確実に1人の心には、この五輪をやる意味があるのではないかと思えた。

中川さんが生まれる前、04年アテネ五輪から数えて5回目の五輪。バーベルを挙げ続けた雄姿は、結果によらない意味を刻んだ。【阿部健吾】