日本代表の強化に専心してきた8年間で、同時に進めていたものがある。

 08年に会社を起こし、サッカースクール運営とフットボールパークの経営をしてきた。「サッカーで食べていきたい。サッカーに携わって働きたい」という若いスタッフをきちんと雇用する。彼らが結婚し、家庭を持っても、生まれてくる子供にも誇れるような一生の仕事として機能させたい、というのが目的の1つだ。もちろん私が、現場に立つことはほとんど不可能だったし、代表チームの仕事に支障をきたすことは許されないという覚悟で続けてきたので、スタッフを信じて任せてきた。ただ自分が代表で経験したことや、チームや選手から見て聞いて感じたことをスタッフに共有することで、会社のビジョンやコンセプトを作ってこられたのは、とても良い刺激になった。

 トップレベルの選手たちとアジア予選やW杯、オリンピックを戦うことと同様に、グラスルーツ(草の根、底辺拡大の意)の子供たちの指導にも、学ぶべき点が数多く存在する。サッカーという不確実な再現性の低いスポーツで、選手のスキルや判断力を伸ばし、戦術理解や豊かなイマジネーションを育み、プレーの楽しさや厳しさを味わいながら、向上心をどうしたら植えつけていけるのか。そこには大人の「勝負の世界」だけではない価値観が必要になる。

 子供にあって大人にないもの。その1つに時間の概念があると思う。子供には成長する時間がある。ミスをする時間がある。練習、試合で成功や失敗を体験して、それを繰り返し実践していく時間がある。少なくても大人よりはある。だから指導者は、その時間を大切に使わなければならない。焦ってはいけないし、根気強く、選手が上達するまで待つ忍耐力も必要だ。その時間を意識して、繰り返し良い働きかけをし続け、選手がいつブレークスルーをするか待ちわびるのだ。

 プロチームであれば、選手を取り換える。必要な選手を外から獲得することができる。しかしジュニアチームは、今いる子供をきちんと育てるという価値観が最も重要だ。良い選手を集めて(補強して)チームが勝利することが優先順位の上位ではない。今、目の前にいる子供をどう伸ばすか、そこが指導者の腕の見せどころなのだ。

 本田圭佑も香川真司もジュニアの時から、代表選手だったわけではない。みんな子供の頃は、地域の少年団やジュニアチームの選手だったはずだ。Jリーグができて、ジュニアユースやユースの環境が整備された。日本が世界に誇る高校サッカーも文化として定着している。ジュニア世代のコーチや指導者がトップレベルの選手を意識しながら子供に接することができる時代になってきた。

 だから代表チームを長く見てきた私は、未来の代表選手のために、グラスルーツの指導者の重要さをもっと訴えたい。そしてレベルアップはもちろんだが、グラスルーツの指導者を取り巻く環境、ステータス、待遇をもっともっと良くしたい。私の会社はその思いで今まで取り組んできた。

 今は、世界中のトレーニングがすぐにネットで見られる。書籍や情報もあふれている。熱心な指導者なら、それらを入手することは難しい時代ではない。ただ実際に得た情報を生かすには、現場でアウトプットし続け、自らの指導を振り返り、人の指導を見たり、人に指導を見てもらったりしながら、笛を持ち続けることが必要なのではないだろうか。

 今年、僕らは「Two-WayCoachMeeting」を始めることにした。「http://bonfim-coachmeeting.com」。このサイトにその活動が、紹介されている。サッカー文化の定着、コーチング術に興味のある方は、1度目を通してほしい。

(霜田正浩=ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「フットボールの真実」)