サッカー女子の日本代表なでしこジャパンで長く活躍したFW岩渕真奈(30)が1日、現役引退を発表した。自身のX(旧ツイッター)で「プロサッカー選手を引退する事に決めました」と表明し、感謝の言葉を記した。優勝した11年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会に18歳で出場するなど3度のW杯と2度のオリンピック(五輪)で銀メダル2個も獲得していた。8日に記者会見を開き、自らの口で決断経緯などを説明する予定だ。
「なでしこの顔」岩渕が30歳でピッチを去る。日本が初優勝した11年W杯ドイツ大会にチーム最年少の18歳で出てから12年。「サッカーを通して感じた支え、声援、叱咤、激励、共闘、景色、興奮、創造、全ての事に、そして関わってくださった皆様に心から感謝しています。幸せでした!」と投稿。「サッカーが大好きで、サッカーで出会った人達が大好きで、なにより自分のサッカー人生が大大大好きでした」と、やり切った思いをあふれさせた。
日テレ・ベレーザ(現日テレ東京V)の下部組織出身で、07年に14歳でトップチーム初出場。156センチと小柄ながらスピードとテクニックあふれるドリブルで輝いた。なでしこリーグ3度制覇などに貢献し、Bミュンへンやアーセナルなど海外でも活躍。ホッフェンハイム時代には、男子の宇佐美貴史と蘭夫人に生活面で支えられ、長谷部誠や吉田麻也らにも、かわいがられるようになった。岩渕の人懐っこさの象徴だった。
代表は16歳だった10年2月の中国戦でデビュー。11年W杯は優勝も、ドイツとの準々決勝前に「帰る準備をしていた」。まだ自覚はなかった。15年W杯カナダ大会は準優勝も、負傷に苦しんだ。16年リオ五輪のアジア予選敗退後、エースになるも、核だった19年W杯フランス大会は16強。「澤(穂希)さんや宮間(あや)さんに近づこうとやってきたけど…」。目には涙と責任感。度重なるけがを乗り越えた精神力に、使命感も少しずつ増していった。
昨年5月には両足首も手術。昨季は出場機会を求めてアーセナルから北ロンドンの宿敵トットナムへ“禁断の移籍”も選んだが、10試合無得点だった。最後は無所属。先月までのW杯オーストラリア・ニュージーランド大会もサプライズ落選だった。21年の東京五輪以降、澤ら先人から受け継いだ10番を背負ってきただけに、衝撃は大きかった。
その後はSNSでチームの8強入りを祝福したが、自身の動向には言及しておらず。8日の会見で、若くして引退する理由を語る。
◆岩渕真奈(いわぶち・まな)1993年(平5)3月18日、東京都生まれ。日テレの下部組織メニーナ出身。トップチームで活躍後、12年からホッフェンハイム、Bミュンへンとドイツでプレーし、Bミュンヘンでは2度の優勝を経験。INAC神戸移籍を経てアストンビラ、アーセナル、トットナムと今度はイングランドを渡り歩いた。代表では3度、W杯でプレー。五輪は12年ロンドン、21年東京と2度出場し、ロンドンで銀メダルを獲得した。国際Aマッチ通算90試合37得点。156センチ。血液型O。

