浦和レッズが今季3勝目を挙げ、J1通算450勝に到達した。鹿島アントラーズ、横浜F・マリノスに続いて史上3チーム目の節目の勝利となった。
<浦和レッズJ1での節目>
★初勝利 93年5月29日 第1ステージ第5節 V川崎1(2PK4)1浦和
記念すべきJ1初勝利は、PK戦にもつれこんだ。1点を追う後半4分にMF池田伸康のシュートがMF名取篤に当たってコースが変わり、それをFW河野真一が強引に引っかけ左隅に蹴り込んだ。PK戦ではV川崎の柱谷、ペレイラが失敗した一方、浦和は4人全員が決めて勝利。森孝慈監督は「やっと勝てて、ホッとしている。池田伸と河野が期待にこたえてくれた」と笑顔を見せた。
★50勝目 95年11月22日第2ステージ第25節 V川崎0-2浦和(等々力)
1-0の後半42分に、FW福田正博がセンタリングに頭で合わせて2点目。これで自身31得点目とし、日本人初の得点王を確定的にした。プレッシャーからPKを外した前節には、オジェック監督に「個人タイトルがほしければ陸上競技に行け」とカミナリを落とされていた。
★100勝目 98年8月29日第2ステージ第2節 浦和2-0磐田(駒場)
先制は前半10分、FW福田正博の332日のゴール。同シーズンの開幕前に左足付け根痛を発症し、第1ステージを棒に振ったエースが完全復活をアピールした。2点目はMF小野伸二。前半41分に左足で決め、第1ステージ覇者の磐田を下した。同戦は当時日本代表監督に内定していたトルシエ氏が、後半途中から視察した。
★J2降格 99年11月27日第2ステージ第15節 浦和1-0広島(駒場)
延長後半1分にFW福田正博が決勝点を決めたが、通算勝ち点28で並んだ福岡に得失点差でわずか1点及ばず、年間順位15位が確定した。この年は勝ち点の配分が90分勝利なら3、延長戦勝利なら2。90分以内に勝っていれば、自力残留が決まっていた。
★200勝目 06年7月26日第15節 浦和1-0大分(駒場)
後半33分にFW田中達也が2戦連続の決勝ゴール。前年の05年10月に右足関節脱臼骨折を負ってから、1週間前の19日に復帰したばかり。喜びのあまり、グラウンドの看板を飛び越えて走り回った。同戦は当時日本代表を率いたオシム監督が視察した。
★J1初優勝 06年12月2日第34節 浦和3-2G大阪(埼スタ)
3点差以上で負けなければ、優勝が決定。前半21分に先制を許すまさかの展開となったが、MFポンテの同点弾、FWワシントンの連続弾で逆転。Jリーグ発足14年目で初の日本一に輝いた。
★300勝目 12年12月1日第34節 浦和2-0名古屋(埼スタ)
最終節でJ1史上7チーム目の大台に到達し、逆転でACL出場権を奪取。FKで追加点を決めたF槙野智章は、ドイツ1部ケルンから期限付き移籍中だったが、試合後に「来年も僕は浦和レッズとして戦うので、一緒に戦いましょう!」と残留を宣言。同シーズン限りで退団するFW田中達也とポポの背番号が印刷されたTシャツを全員で着用し場内を一周した。
★400勝目 18年8月1日第19節 浦和2-0川崎(埼スタ)
前日7月31日に32歳の誕生日を迎えたFW興梠慎三が、前半7分に先制弾。J1ではFW佐藤寿人、FWエジミウソンに続く史上3人目の7年連続2桁ゴールを達成。
★450勝目 22年6月18日第17節 浦和3-0名古屋(埼スタ)
前半21分、M岩尾憲の左CKにゴール前の混戦で抜け出したDFショルツが頭で合わせた。2分後に再び岩尾の左CKに明本考浩が頭で落とし、MF伊藤敦樹が右足で押し込んだ。 勢いは止まらず、同36分には左サイドで伊藤とのワンツーからMF関根貴大が相手GKの股を抜き、前半だけで3得点。


















